【実践!里山生活術 】
Vol.10 理想と現実をすり合わせる「覚悟」

【実践!里山生活術 】


里山とは、環境省によれば「原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域」。日本人の原風景が感じられる北広島町の里山で暮らす“里山コーディネータ”山場淳史さんのコラムです。

里山に定住する際の最大の難関は、まさに住まうための「土地選び」だと思います。もちろん、前回いただいたコメントのように、移住から定住に至るまでの過程はそれぞれの個人や家族で極めて多様であり、土地や家屋を購入せずとも実質定住できる場合もあるでしょう。ですので、ここではひとつのモデルとして、縁もゆかりもない地域に惚れ込み、飛び込んだ我が家族の事例をご紹介します。

そもそも、たくさん土地が余っていそうな里山地域で、どうしてそんなに選択肢が少ないのか?という問題には複雑な要因が絡んでいます。いまでは、ネット上でも里山(田舎)暮らしに関する記事で、そうした要因に関わる諸事情の解説や体験談がたくさん見つかるはずなので、あえてこの問題全体には深入りしないこととしますが,後述のとおり我が家でもそうした問題に直面したことがあります。

これまで“お試し移住のススメ”などと、お気軽なことを論じてきましたが、今回のテーマは非常に重たいので、あえて先に言っておきます。「土地選び」には、ご縁はもちろん、「覚悟」が必要です―と。ここでの覚悟とは、もちろん土地を購入して、そこに家を建てるために莫大な借金をするという経済的な覚悟も含みますが、それよりも大きいのは「理想と現実をすり合わせる」覚悟だと思います。

我が家の場合、相方も大学で森林や林業を専攻してきたこともあり、「定住するなら山際の土地がいい」という志向がありました。特に自然の資源を暮らしに取り入れることに憧れていたので薪ストーブ設置は必須条件でしたが、隣の住宅とは、ある程度距離が必要ですし、お互い野鳥観察が好きなので「明るい広葉樹林の近くなら多様な鳥が来るし、休日に散策もしやすいよね」なんて、今となっては夢のような話をしていました。

ところが、いざ土地を探し始めるとそうした希望に沿う空間にはまったく出会えませんでした。主に役所の移住者向けホームページを検索したり、地元の不動産取扱店に直接問い合わせて、現地を案内してもらったりしました。ところが、山際というよりは本当に人里離れた山中の資材置き場のような土地だったり、今にも倒壊しそうな古民家が残っていたりして、我が家の手に負えない物件ばかりでした。

古民家といえば、移住前にはそうした物件を購入して改修することも考えていて、古民家再生などをテーマとした特集が組まれた雑誌を買い漁ったりしながら探した時期もありました。けれども何件か回ってみて、想像以上に改修にお金がかかりそうな物件ばかりだったことと、先述の土地探しの問題でよく取り沙汰されるように、先住の方のお墓や仏壇、そして一番の問題である家屋のある土地以外の田畑や山林とセットでの取扱いで、難しい場面を経験したので、途中から諦めて土地だけを探すようになった経緯もあります。

ただ逆にそうした諦めによって、地元の工務店さんから紹介をいただくパターンに切り替えたことで選択肢が増えてきました。もちろん、土地が見つかればその工務店さんに家を建てていただくことになるという条件はありますが、うまく出会えれば土地も家も両方納得でき、かつ効率的に定住にシフトできる可能性が高まります。

我が家の場合、最終的にはもともと設計をお願いしていた工務店さん繋がりで、いま住んでいる土地を紹介いただきました。後からわかったことですが、その土地のある地区の役員もされている方と、工務店の当時の社長さんが実は「お酒好きな」お友達だったことから繋がったご縁だったそうです(笑)。

ただ、その土地、山際という条件には合致していたのですが、思い描いていた環境とは大きく異なった立地でした。裏山は竹が侵入しつつある薄暗い針葉樹林(人工林)で、造成や農転の手続きは済んでいましたが、隣は地区の公民館と体育館、道路を挟んだ目の前は大きなグラウンドでした。※写真=今は裏の山林の一部が伐られてしまい明るい竹林になりつつある。

正直なところ、最初は「ちょっと違う」と感じました。公民館の隣なので、車や人の出入りが比較的多く、土地の南側にあるグラウンドがリビングの風景になるとは思いも寄りませんでした。一応、夜中にも訪れてみましたが、農村部にしては街灯が明るくて相方の趣味の星空観察にも厳しそうな感じでしたし、距離はありますが、高速道路を走るトラックの騒音も気になりました。

一方で、当時仮住まいをしていた団地とは異って、周囲とは完全に独立した居住地であること、公民館の隣にある旧小学校の木造校舎や、古くからの民家がある里山らしい農村風景、そして何よりも八重三山のなだらかな稜線を背にした開放的な景観をより近く眺めることができる、というより、その景観の中で暮らせるという実感が湧いてきました。※写真=農村の旧道の何気ないカーブの風景とかも大好きなんです。

目の前にグラウンドや体育館のある環境についても、当時サッカーにのめり込みつつあった長男が喜んでいるのを見ていると、生まれたばかりの次男も一緒にボールを蹴れる環境としては「最高だな」と思えるようになってきました。漫画「スラムダンク」に出てくる沢北くんの自宅をめぐる場面をつい思い出してしまったのは、分かる人には分かるでしょうか(笑)。※写真=家の2階から息子たちがボールを蹴っているのを眺めるのは意外に幸せ。

こうした“理想と現実のすり合わせ作業”をしながら、実際にその土地を手にするかどうかを検討し、判断を下すのは思いのほか「覚悟」が要る作業でした。不安や期待はたくさんありましたし、土地をめぐる売買契約など、実は乗り越えるべきことは上記以上にありました。最後の決断は思い切りだったかもしれませんが、その後に生じるかもしれない様々な予想外の展開への対応も含めて、自ら土地を選び、定住して里山に暮らすには相応の「覚悟」が必要だと今回は結論させていただきます。

さて次回からは、我が家での理想の「家づくり」の過程をご紹介しながら、ライフスタイルとして「木」とどのように向き合うか、いわゆる「木づかい」もテーマに加えて、少しまとまった連載をしたいと考えています。

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