【広島ものづくり列伝 】
Vol.2 「終わりなき職人のものづくり」松本金型株式会社・中編

【広島ものづくり列伝 】


古くから全国屈指の「ものづくり地域」として知られている広島県。ほかにはない製品や技術を持つオンリーワン企業、世界でもトップシェアを誇るナンバーワン企業が数多く存在しています。業種や分野の違いはあれども、自分たちの夢に向かって常に挑戦を続けてきた広島のものづくりのゲンバを紹介していきます。

「新感触耳かき みみごこち」の開発により、「自前の技術で開発した製品を持つメーカーとなる」という松本社長の創業以来の夢をひとつ実現した松本金型株式会社。全国への販路拡大を目指したところ、問屋から大手と口座を開くためには耳かき以外にも商品を拡充する必要性を伝えられ、新たな商品開発に臨むことになった。

創業者である松本文治社長の右腕として自社商品の開発から販売までを担当する小田原 進M・M販売事業部部長に話を聞いてみた。

松本金型のヘルスケアシリーズ第2弾「舌ブラシ」の開発は大手製薬会社ピップからの依頼だそうですが。

「ピップエレキバン」などで知られるピップさんは、実は医療関係の商材などを扱われる問屋業務が主体のメーカーで、弊社も全国のドラッグストアなどの販路の窓口になっていただいています。昔からアメリカやヨーロッパでは「タン・ブラシ」として歯ブラシよりも重宝される舌ブラシに着目されていたようで、商品開発の話を持ちかけていただきました。8年くらい前なので、まだ日本では舌ブラシという商品自体に馴染みがなかったこともあり、残念ながらほとんど売れませんでしたが…(笑)。ただ、二つ目の商品が出来たことで、問屋からアドバイスされた通り、東急ハンズさんなどに口座を開設していただけることに繋がりました。

アイテム数を増やす流れから、今や大人気の「つめけずり」が誕生したわけですね。さて、この商品を開発することになった経緯とは?

つめけずりは耳かきと同様に自社で企画して開発したものです。社長が何かの話の折に「30~40年前から爪切りを使うと切った爪がパチパチ飛ぶし、爪ヤスリで磨くと粉が舞い散るので、爪の破片が飛散しない道具が作れないものか?と考えていたんだが、本業の金型加工が忙しくてカタチにする暇がなかった」とつぶやいたことが、商品化に踏み出す切っ掛けになったと記憶しています。

爪を削るアイテムとは思えない筆記用具のようにスマートな爪削りですが、工夫されたポイントは?

開発にあたって、商品は従来の爪切りのようにパチパチはさんで切るのではなく、ゴリゴリ削るタイプ、つまり「切らない」という発想で爪を削って、爪切りから仕上げまでを一気に行う「新しい爪切り」の開発を目指すことを決めました。初号機として試作したのは、台所で使う大根おろし器の要領で、一枚の板に沢山の小さな穴をあけた主刃を角型のスティックタイプの本体に装着し、爪を削れるようにしたものです。この初号機は「ネイルリボン」の商品名でピップさんの専売商品となることが決まったので早速、展示会に出品してみたところ、「穴への引っ掛かりでしっかり爪が削れた感じもあるし、削った爪が容器の中に入いるのが面白い!」と評判になり、多くのバイヤーが飛びついてきました。

バイヤーに評価されたということは、市場ではすぐ大ヒットしたのでは?

とんでもない。バイヤーを通じて全国各地のドラッグストアやスーパーに並ぶことになりましたが、全然売れませんでした。というのも、こういったお店のお客さんといえば女性が7~8割を占めています。バイヤーは、ほとんどが男性のため、彼らには「引っ掛かりがあって爪がよく削れた感じがする」と好評を博した点も、女性客からすれば「引っ掛かり感が気になる。滑らかに削りたい」と不評だったのです。女性の評価は厳しいので削った爪の粉がまだ外に散ってしまう点なども指摘されました。ドラッグストアやスーパーでは女性にウケない商品はまず売れません。私たちも商品の改良に向けて追及する機能の変更を余儀なくされた次第です。

なるほど。では、どのような改良を加えられましたか?

女性客のニーズに応えるために一番工夫したのはやはり、爪を削る主歯の部分ですね。最初はV字型で平面だった刃を進化させるべく、平面にアールを持たせたり、穴の直径を0・2mmから0.03mmに細密化するなど、2年くらい何度も試行錯誤(※下記資料参照)を重ねました。主刃の部分の性能を向上させ滑らかな削りを実現し、削りかずの飛散といった問題点を改善するごとに売れ行きが伸びてきたんです。もちろん今も何か新しい課題が出てくれば改善点を追求しています。大手企業が製品を開発する場合は、開発期間を設け、時期が来れば改良を打ち切りますが、私たちのような職人気質で作業に取り組む小さな製造業の仕事に終わりはありません。

■ 主刃の移り変わり ■

【A~G 概略説明】
A:2014.7 初期モデルの刃で「削った爪粉が中に入り外部に飛び散らない。」をコンセプトに発売開始。70 個の穴が開いている。
B:2015.1 モデル刃の幅を両サイドに拡大させ 90 個の穴に進化。
C:2015.7 爪の切れ具合の UP。
D:2017.1 S・E・P(スーパーエッチングポリッシャー)処理(S・E・P 技研株式会社)とのマッチングにより、削るときの引っ掛かりを液体処理でバリを溶かす事に成功。バリが無い事でなめらかさを実現。
E:2017.3 よりなめらかさを追求。
F:2018.3 よりなめらかにをコンセプトに最新モデルの完成。
G:現在モデル よりなめらかに、みるみる削れる刃の完成。これが最終形態。

ものづくりに対する職人の心意気を感じます。商品の改良により売れ行き好調となられて販売戦略の方も工夫されたのでは?

初号機はピップさんのブランド名を使って製造する、いわゆるOEM(※オリジナル・エクイップメント・マニュファクチャリング)に位置付けてきましたが、さらに販路を拡大するため、「魔法のつめけずり」の商品名で自社製品として自由に販売できるNB(※ナショナルブランド)化にも踏み切りました。NB化を機に、男性層を狙って同じ仕様の本体でネーミング、色、パッケージのデザインを変えた「爪王」を追加したところ、東急ハンズさんや全国の土産物屋など、販売先も増えています。一方、販売については素人だった私も第1弾の「みみごこち」以来、全国を行脚して営業を勉強してきたので、売り方などについて自分なりに気づくことが多くなりました。

ラインナップも取り扱い先も増え、小田原さんが気づかれた点とは?

まず、この商品はお店に陳列してもらうだけでは、その他の定番商品に混ざって良さが伝わりません。消費者の方に従来製品との違いや優れた点をいかにアピールするかが重要なので、一番よく売れるのは実演販売ですね。私が店頭に立って使用法や効能を説明すると売れ行きが全然違います。あとテレビモニターやチラシ、ポップなどをうまく活用して商品の機能をわかりやすくすると、お客さんの関心を集め、そこから口コミで広がるケースが多いこともわかりました。

全国各地の店頭でお客さんの反応を見て、あれこれ模索しながら奮闘してきた甲斐もあり、今では「つめけずりシリーズ」が月40,000個の販売ペースで推移するわが社の主力商品になっています。営業担当としては嬉しい限りです。

つめけずりに続いて商品化された「歯ブラシ」も話題を集めていますね。

みなさんも経験があると思いますが、歯磨きをする時に奥歯は、歯ブラシを縦にして口の中に入れないと磨きにくいでしょう。この不便さを解消するため、舌ブラシに続くオーラルケア商品として開発したのが「魔法ミガキくるりん」です。この歯ブラシは、柔軟なブラシを植え込んだ“バナナ型リングヘッド”が回転し、“乗り越えアーム”が作用することで、歯並びに沿ってどの部分でもブラシが垂直に当たるように工夫を施しました。商品名どおり、歯の内側と外側を“くるりん”と返して、すき間までしっかり磨けることから、「磨き残しゼロ」を謳い文句にしています。

可愛い商品名ながら、モノづくり企業の技術を満載した“高機能歯ブラシ”で驚きました。さて、この「くるりん」の今後の展開は?

まだPRが行き届いていない割には、一度使用された方がリピーターになるケースも多く、着実に「くるりん」のファンが増えています。「つめけずり」に続く、自社製品の新たな柱になりうる可能性が高いことから、本体の軸のところやブラシの植毛部分のさらなる改良など、来年春を目途にまだまだ機能をブラッシュアップしていく予定です。目下、歯ブラシ専用設備の新設も含め、本格的な生産体制の構築も計画しておりますので、どうぞご期待ください!

■つめけずりの大ヒットでメーカーとしても軌道に乗り始めた松本金型。「ピンチこそチャンス!」を信条としてきた小田原部長たちは、コロナ禍により社会全体が危機を迎えたいま、新たな自社製品の開発に乗り出したという。先日、東京ビッグサイトの展示会で発表し、好評を博した新商品とは?後編につづく。

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