隻眼のプロ野球選手が、ホームランを打った。ドリュー・ロビンソンという、3Aチーム サクラメント・リバーキャッツ(サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下)の外野手だ。5月11日、vsラスベガス・アビエーターズ戦。2回、左打席に入ったロビンソンは、気持ちオープン気味にスタンスを取り、スウィング一旋、相手投手の投げた球をライトスタンドに放り込んだ。去年の4月、拳銃での自殺未遂からおよそ一年がたっていた。
右投げ左打ちのロビンソンは、2010年のMLBドラフト4巡目で、テキサス・レンジャーズから指名された。17年にメジャーデビュー。その後セントルイス・カージナルスを経て、19年シーズン終わりに、サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ。ロビンソンはその経歴のどこかでうつ病になったという。解決できない悩みがあったのか、脳内伝達物質のアンバランスだったのか、詳細はわからない。苦しんだ結果、ロビンソンは拳銃を手にした。そしてその拳銃で、右のこめかみを打ち抜いた。20年4月16日のことだった。
しかし、ロビンソンは死ななかった。右眼ひとつを代償に生きながらえた。いや、復活した。義眼のプレーヤーとして球界に戻ってきた。
ここで利き眼の話をしたい。人間には利き腕があるように、利き足もある。利き足はサッカーがメジャーな競技になって、一般に浸透してきた。ペナルティ・キックやコーナー・キック、ボールキープの時の足になる。もうひとつ、利き眼がある。人間は両眼で均等にものを見ているようで実はそうではない。対象物を認知するとき、よく利用する眼がある。これは視力とは関係ない。
どちらが利き眼か?調べる方法がある。カメラのファインダーを覗いてみることだ。今どきの背面全体がモニターになったものではなく、一眼レフなどの小さなのぞき穴があるカメラだ。シャッターは右側にある。当然、右眼でのぞく方がシャッターを押す指の邪魔にならない。これを左眼でのぞく人は、利き眼が左眼ということになる。もっと簡単に調べる方法がある。人差し指を鼻の前に立ててみる。まず、両眼で見る。次に、右眼だけ、左眼だけと交互につむってみる。どうだろうか。両眼で見た時と片眼ずつ見た時で指の位置が変わってないだろうか。位置が変わらなく見えた方の眼が利き眼となる。
長々と眼の話をした。筆者は、利き眼は打席でのスタンスに関わりがあると考えている。例えば、右バッターの場合、ピッチャーに近いのは左眼となる。左眼が利き眼だと、打席での構えがスクエア、またはクローズドでボールが追える。だが、右バッターで利き眼が右眼だと、自然とオープンスタンスになるのではなかろうか。オールドファンに懐かしい名前を上げると、八重樫幸雄(右投げ右打ち・ヤクルト・スワローズ、1970~1993在籍)や、種田仁(右投げ右打ち・中日ドラゴンズほか、1990~2007年)、新しいところでは里崎智也(右投げ右打ち・千葉ロッテマリーンズ、1999~2014年)がこれに当たる。
入団当初、八重樫の打席での構えは、ほぼスクエアだった。しかし眼鏡をかけるようになってから、背中側からのカーブが眼鏡のフレームとかぶり、見えづらくなった。この対策として、83年あたりからバッターボックス内で、ほぼピッチャーに正対する構えをとった。極端なオープンスタンスだ。種田にしてもそうだ。「ガニマタ打法」と足の形ばかり言われているが、下半身はオープンスタンス、上半身はクローズドに入れ、顔は左肩にのっけて投手に正対している。開いて立っているが、左足に体重を乗っけて上半身の開きを抑えている。なんとまあ、ややこしいバッティング・フォームである。
オーソドックスな?オープンスタンスでは里崎がそうだ。左足を思いっきり開いて立って、投球のタイミングを見て、バットスウィングとともに、左足をスクエアに戻している。これはカープの選手にも何人か見られる。巨人に移籍した丸佳浩(右投げ左打ち)がそうだ。バッターボックスでは、大きくピッチャー側の足を開いてから始動、スクエアに戻しながらのスウィングをしている。あとは小園海斗(右投げ左打ち)、松山竜平(右投げ左打ち)らがピッチャー側の足を大きく開いて構えている。
利き眼とスタンスについて書いた。要はキャッチャー側の眼が利き眼だとオープン。ピッチャー側の眼が利き眼だと、スクエアもしくはクローズドにした方が見やすいのではという話だ。だが、残念ながら利き眼とスタンスの話はまだ聞いたことがない。里崎あたりが、NHKの『球辞苑』で解説してくれるとありがたいが。冒頭のドリュー・ロビンソンは左打ちで、ピッチャー側の右眼の視力がない。3Aからメジャーに上がると、当然相手投手の質も上がるだろう。打ちにくくなる。球が捉えにくくなる。そのとき、ロビンソンの打席でのスタンスは、今よりもオープンになるだろうか。ロビンソンがメジャーに上がるのが楽しみだ。
さて、この話はネタ元がある。小林誠二(広島東洋カープほか、1976~1988年)である。小林と飲み歩くようになって、ほぼ10年になる。グズグズ飲んだり、喧嘩したりと、ほぼきれいな飲み会はない。まあ、それでも一緒に飲み歩いている。その頃、筆者(右利き)はテニスをしていた。素人のテニスだが、それなりに楽しんだり、伸び悩んだりしていた。弱点のひとつにフォアハンドボレーがいまいち当たりが悪いことがあった。バックハンドボレーはバチンと叩ける。どこが違うのか、わからない。焼酎を炭酸で割りながら、そんな話をしていた。酒の席である。ラケットやボールがあるわけでもない。ただ、なんとなくの話題である。
その話を聞いていた小林は「ボールを右眼で見ている。バックハンドボレーは右眼でいい。フォアハンドはボールがラケットに当たるところを左眼でみるように」と言った。「あっ!」と、声が出た。野球の打者に直すとこうである。「バットとボールが当たる瞬間をピッチャー側の眼で見る」。“バットとボールが当たる瞬間を見ろ”という指導はよく聞くが、“どちら側の眼で見ろ”とまでは言わない。しかし、厳密にはある。ピッチャー側の眼で見るのだ。そうすれば顔が残る。バットとボールの幸福な出会いを自分の眼で見ることができる。空振りしたのに顔がレフトスタンドに向いているということは、まずない。
小林は、こうも続けた。「投手の場合、右ピッチャーだと、キャッチャーミットにボールが入るところを左眼で見る。捕球の瞬間まで見る。これが狙ったところに投げるコツ」そうすると身体が開かない。身体の開きはすなわち、顔の開きである。野球の話を酒の肴に焼酎の炭酸割りを何杯もおかわりした。
2016年、小林は韓国プロ野球のハンファ・イーグルスの投手コーチになった。開幕するも、イーグルスはなかなか勝てなかった。小林の韓国での指導者としての活動は厳しいものとなった。その話は、また別の機会に。