【三度の飯より野球じゃけん 】
Vol.4 「太陽がいっぱい」な話

【三度の飯より野球じゃけん 】


野球関連の出版物やインターネットの映画評論で活躍中のライター大藤恭一氏が野球ファンに知られざるエピソードや感動秘話をお届けします。

今回は映画の話から。タイトルに使った「太陽がいっぱい」は、1960年の仏伊合作映画で、アラン・ドロン(1935年~)の出世作となった。読者の中には、アラン・ドロンを知らない人もいるだろう。20世紀半ば以降、二枚目俳優の代名詞となったフランス人である。

映画の内容を簡単に説明する。金持ちの父親から息子をアメリカに連れ戻すように頼まれたトム(アラン・ドロン)。だが、その依頼は果たされず、トムは息子を殺しなりすます。うまく隠し通せたかに見えたが、トムの元に刑事がやってくる。強い日差しに立ち眩みがし、ビーチチェアにもたれかかるトムにウェイトレスが問いかける。「どうしました、だんな様」トムが答える。「太陽がいっぱいなんだ」

原題は、『plein soleil(プラン ソレイユ)』。日本語に訳すと、「太陽の下で」くらいのになる。これはもう一つ意味があって、「お日さまは何でも知っている」というように使われる。トムが刑事に追い詰められているのを、自ら口にしたことになる。

前説がちょっと長くなった。リプレー検証の話をしたい。野球好きの皆さんはよくご存じのルールで、判定に不服のあるチームが一試合に二度間違えるまで、審判に再検証を要求できる仕組みである。日本では2010年からホームランかどうかについてのみ再検証が実施され、2017年からはホームランのフェア・ファール以外にも実施されるようになった。

つい最近の話である。ジャッジの精度は格段に上がったが、このルールは野球ファンにとって、待ち望んだものだろうか。舞台は時代をぐんとさかのぼる。

1979年の日本シリーズ。近鉄バッファローズと広島東洋カープは3勝3敗と5分の成績で、最終第七戦を迎えた。4対3とカープ一点リードで、9回裏、近鉄最終回の攻撃。マウンド上には、江夏豊がいた。そう。世にいう「江夏の21球」の場面である。ヒットとフォアボールで、塁上は埋め尽くされていた。ノーアウト満塁、バッターは佐々木恭介。一打出れば、同点。あるいは逆転で近鉄の日本一が決まる。

じっくり書きたいところだが、今回のテーマに戻るために、かなりはしょる。1ボール1ストライクからの江夏の球を、佐々木は思い切りたたきつけた。ワンバウンドした打球は、サード・三村敏之の頭上を襲った。三村は飛びついた。届かない。打球は、レフト側ファールグラウンドを転々とした。

サヨナラ、日本一。近鉄ベンチは、沸き立った。だが、判定はファールだった。仕切り直しの結果、佐々木は三振。続く石渡茂がスクイズを外され、三塁ランナーがタッチアウト。石渡も空振り三振となった。ゲームセット。「江夏の21球」が完成した。

ここで取り上げたいのが、近鉄・佐々木のサードの頭上を越えるファールである。捕球しようと手を伸ばしたグラブの先を、ボールがかすめていなかっただろうか。三村がジャンプした位置、つまり守っていた位置は、当然フェアゾーンである。フェアゾーン内でワンタッチあれば、ボールが落ちたところがファールゾーンでも、もちろんフェアだ。

三村に話を聞いたことがある。ケビン・コスナーが主演する野球映画を観たあとだ。言っとくが、「フィールド・オブ・ドリームス」ではない。「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」(1999年)だ。三村はこの映画の解説の仕事があったが、今と違ってDVDなどない。これも事情を知らない人にはわかりにくいが、最近は映画公開前に、関係者には映画本編のDVDが貸与される。観終わったら、もちろん返却しなければならない。「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」は試写会の予定もなかったので、劇場は三村一人のためにこの映画を上映した。なんと、大掛かりなことだ。

この映画について、三村が何と言ったか、もう忘れてしまった。覚えているのが、前述した佐々木のファールである。「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」に高揚したのか、200人入る映画館を、自分一人のために開いたことに興奮したのか。ともかく、佐々木の話題を振ってきた。振っておいて、

「あれね、あれね」と語尾を濁した。「触ったのかな、触ってないのかな。どっちだったかな」と。

もうひとつ、リプレー検証の話がある。2015年9月12日の阪神vs広島戦(甲子園)。延長12回表、カープ・田中広輔の放った大飛球は、外野フェンスを越えたかに見えた。だが、打球はグラウンドに戻ってきた。試合中継の中で放送局は何度もスロービデオを出すが、外野フェンスを越えた打球が、いかなるものにもぶつからずに、グラウンドに跳ね返っていた。何度見ても、何もない。ボールが己の意思でグラウンドに戻ったとしか思えない。田中は三塁打となった。

種明かしをする。甲子園球場は、外野フェンスと観客席の間に隙間を作ってあった。いわゆるラッキーゾーンである。このゾーンの上部に、針金が格子状に張ってあった。ファンがグラウンドに侵入するのを防ぐためだ。田中の打球はこの角度しかないという角度で針金の真上に落ち、グラウンドに跳ね返ったのだった。私たちが見ていたテレビにも、審判室のモニターにも、針金は映らなかった。カープは勝ちをひとつ、田中はホームラン1本損をした。

ジャッジでカープが得をした話と損をした話を、一つずつ書いた。達川のデッドボールのアピールは取り上げなかった。案外に試合を決定づけるようなところで、あのパフォーマンスは出ていない。さて、みなさんはどう思っただろうか。判定が正確なのはいいが、そうなると審判が要らなくなってしまう。

球場を二分するようなプレーは、常に起こる。セーフなのか、アウトなのか。ホームランなのか、ファールなのか。球場に詰めかけたファンは、ひいきチームを応援して騒然となる。そんな時、お日さまだけが本当のことを知っていればいいと、たまに思うのだが。

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