【街場の名店 】
Vol.1 居酒屋価格で極上の寿司を!亀寿し(宇品)

【街場の名店 】


インターネットのグルメ情報や食べ歩きのガイドブックに出ていなくても、広島には地域の人が通い続ける食事処や飲み処の名店が沢山あります。古い暖簾の老舗からオープンしたばかりの新店舗まで、選りすぐりのお店の開業秘話や意外なエピソードをご紹介!きっと、あなたも常連になりたくなるはずです。

ファミレスのような回るお寿司の店と違い、寿司屋の看板を掲げる店の暖簾をくぐるのは少々勇気がいるもの。広島駅から市内電車に揺られ、10分余り。宇品2丁目電停で下車して徒歩1分の場所にある「亀寿し」は、外観こそ昔ながらの寿司屋の佇まいを醸し出しているが、地元の老若男女が気軽に立ち寄り、賑わいをみせる庶民的なお寿司屋さんである。

店主は、今年63歳になる前田亀吉(まえだかめよし)さん。短く刈り込んだ白髪頭で調理衣をまとう姿は頑固で寡黙な寿司職人のようにも見えるが、柔和な笑顔が印象的な前田さんと、愛想がよくて気配り上手な奥さんが二人三脚で切り盛りするこの店は今年11周年を迎えるそうだ。夜のとばりが下りると、店の行灯が界隈を優しい光で照らす亀寿しの今日までの足跡を聞いてみた。

前田さんは昭和32年生まれ、岡山県出身。新見商業高校卒業後、法被、刺子の前掛け、鉢巻き、高下駄を身に纏う寿司職人のいなせな姿に憧れて料理の道を志し、岡山市内の老舗寿司店「夜寿司」に入店した。40年以上前に職人、見習い、配達係ほか、総勢30人以上を抱える大所帯の中での修業はなかなか過酷だったようだ。

「かんぴょうの戻し方など料理人の基本から学びました。昔気質の職人の世界ですから、中卒で私よりも先に入店した年下の先輩も多い中、みんな早く一人前に前になりたいので競争意識も強くてよく喧嘩したものです。おかげで技術は磨けましたね」

夜寿司で寿司職人としての基礎を身に着けたのち、「岡山調理師会」に入会して、いくつかの店で修業を続け、25歳の時に広島を訪れる。広島でも調理師会に入り、市内の割烹などで腕を磨いていた時に、現在の店舗から少し海岸寄りの宇品5丁目で店の屋号を引き継ぐことを条件に空き店舗の募集があった。一念発起して昭和60年4月に炉端焼居酒屋「横綱」の経営に乗り出すことに。

「開業しようと決めたものの、見ず知らずの土地で知人もいないし、もちろん資金もありません。取引する酒屋さんに保証人になってもらって銀行融資を受け、なんとかオープンにこぎつけましたが、初日に来店してくれたのは店舗の工事を手掛けた内装屋、電器屋、酒屋、大工さんなど、いわゆる関係者ばかりでした(笑)」

開店当初は客の来ない日が続いたが、地域のソフトボールに自ら積極的に参加して、その打ち上げ会場として利用してもらうなど、宇品の住民との関わりを増やすにつれ、徐々に客足も伸びて行った。店を開いて6年ほどが過ぎ、顔見知りや常連もできた頃に、ひとつの転機が訪れる。

「開業時の契約条件に伴うロイヤリティーの負担もあり、将来のことを考えると、このまま人の屋号を引き継いでロイヤリティーを払いながら店を続けていくよりも、私の原点である寿司屋の看板で思い通りに商売する方が良いと思ったんです。交渉の末、店の屋号を自分の名前から命名した“亀寿し”に変え、業態変更に踏み切りました」

以後、同じ場所ではあるが、正真正銘の自分の店で気分一新して営業を続けていく。地元に親しまれる寿司屋として定着し、51歳で授かった長男が1歳になった頃、現在の店舗の物件が売りに出される情報が伝わってきた。電停前の手ごろな物件が売りに出た朗報を聞いて、次のステップに駒を進めるチャンスと判断し、すぐ銀行に借り入れに駆け込んだという。物件を手に入れると、以前は酒屋だった建物を全面的に改装し、入り口に生け簀を置いて1階にカウンター席と半個室、2階に団体客にも対応できる宴会座敷を設けた。新装「亀寿し」の船出である。

それから11年。季節の旬の魚を主体とする寿司や料理と相性の良い酒の美味さが評判を呼び、今では地元はもとより、観光客など県外から足を運ぶ客も後を絶たない人気店となった。常連客によれば、板前として経験豊富な店主が「はも」「ふぐ」「すっぽん」など、旬の食材を活かして腕を振るう料理の味は絶品とのこと。加えて品数豊富な「おまかせ宴会コース」が3300円~4000円で1500円追加すれば飲み放題、という居酒屋並みの価格設定もリピーターを増やす要因となっているそうだ。

前の店から数えると宇品の地で飲食業を営んで35年。公私ともに馴染みも増えたし、店舗の近隣に学校や病院などが多い地区とあって客層にも恵まれた。寿司屋としてやりがいを感じながら順風満帆な日々を送っていたところ、今年に入り、予想もしなかった危機に見舞われることになった。新型コロナウィルスの感染拡大である。

「全国どこの飲食店も同じだと思いますが、うちも現在はコロナの影響で厳しい状況を迎えています。6月くらいから少し持ち直していましたが、ここに来てまた感染者数が増えはじめ、戻りかけていた客足もパッタリ止まりました。寿司屋なのでコロナ禍の前からテイクアウトもやっていましたが、お客さんにはやはり店に足を運んで目の前で召し上がっていただきたいですね。いまは、ただ一日も早くコロナが収束することを願うのみ!みなさんが食事や宴会を楽しんだりできる日常が戻ってくることを信じて、料理を追求していく所存です」

宇品地区では近年、道路整備などの開発が進んでおり、海沿いの埋め立てエリアに大型店舗が集積する一方で、かつては様々な商店が軒を並べて賑わいをみせた「御幸通り」や「電車通り」が廃れるなど、街が様変わりしてきたという。35年前、縁もゆかりもなかったこの地で商いをはじめ、移り変わりを目の当たりにしてきた前田さんもいまや宇品の街の変遷を知る証人のひとりといえるだろう。「亀は万年…」に通じる屋号の通り、宇品の老舗となるよう暖簾を守り続けて欲しい。

■ここだけのお話
屋号の由来となった前田さんの立派なお名前だが、亀と対で連想されるといえば…。きょうだいに弟さんがいらっしゃると聞いて、まさかとは思いつつ「もしかして、お名前は鶴〇〇さんですか?」と質問してみた。「ええ、鶴二(つるじ)といいます。親父が亀と鶴の縁起をかついで兄弟それぞれに命名したみたいです。本人は“マサアキ”という普通の名前なのにね」と笑う前田さん。長寿の象徴とされる目出度いお名前のご兄弟がきっと周囲に幸福を運んでいるのだろう。

■店舗情報

店名「亀寿し」
所在地〒734-0015
広島市南区宇品御幸2-1-8
電話082-254-3573
フリーダイヤル 0120-25-3573
営業時間火~日曜日、祝日、祝前日: 17:00~23:00
定休日月曜日
総席数40席(カウンター席8席、宴会30人収容)
※テイクアウトも可。
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