昨日より、今日はきっと良くなる。
目標は「地域で輝く100年企業」!
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前の職場で一番まともで尊敬できる人だったからこそ独立に誘われ、二つ返事でついて行ったはずなのに、夜逃げして雲隠れされるとは…信頼していた社長に裏切られた悲しすぎる顛末を機に、腹をくくって独立を宣言したわけですが…。この時は、目の前が真っ暗になり、恨みもした社長も今となっては感謝しかありません。わたしをこの業界に引っ張ってくれたし、結果的にチャンスを頂いたわけですから。「何がなんでも営業して仕事を取って来るから、一緒にやってもらえないか」という、わたしの呼びかけに応えてくれたのは、塗装職人さんの兄弟だけ。逃げ場のない事態から、やむなく思いついた策なので準備どころか、全くノープラン、もちろんお金もないし、ないない尽くしです。起業の第一歩は、決して夢と希望にあふれたものではなく、先行きの見えない試練の始まりでした。
自宅アパートで個人事業主へ。
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平成5年1月、“マエダハウジング”の屋号で個人創業するにあたり、事務所を構える余裕はないので、当時住んでいた安佐南区上安の2LDKのアパートの中2階のロフトスペースを事務所代わりに使用することに。さて、何から始めるべきか?わたしが最初に取り組んだのは知り合いの会社に挨拶に回って顧客を紹介してもらう、言うなれば“BtoB”スタイルの営業でした。「元請けから下請け工事まで何でも引き受けます!」と意気込んで会社廻りを続けたところ、行く先々で「何か仕事があったら声をかけるよ」とか「外壁塗装の仕事を紹介するよ」とか、感触は悪くないのですが、待てど、暮らせど、なかなか仕事は回ってきません。
相手先からすれば、わたしは独立したばかりの27歳のお兄ちゃん、それも社長が夜逃げして倒産した会社の元社員です。そんな若造に自分の人脈を紹介したり、大事なお客さまを任せたくはないでしょう。人の紹介をアテにしていてはダメなことを悟り、自力で1軒1軒、お客さまを探すやり方に切り替えました。前の事務所からリースアップした10年落ちのコピー機とファックスだけは、わたしが確保して持ち帰っていたので、早速、営業ツールとなる名刺やチラシ作りを開始。当時はまだパソコンよりもワープロが主流でしたが、そんな高価なものは買えません。ワープロを所有する友人に自分が手書きで書いたチラシの原案を渡して打ち直してもらい、それをコピーして、1軒ずつ飛び込むことにしました。
2年目に感じた1人の限界。
最初の営業エリアに選んだのはマツダ時代に土地勘のある府中町でした。区画整理されているので回りやすい団地を皮切りに「お住まいのことで何かお困りごとはありませんか?」と営業していくと、100軒、200軒回っても門前払いばかりですが、1000軒、2000軒回ると話を聞いて下さる方が出てきたんです。ある時、訪問先の方から「玄関の壁が古いので塗り替えたい」と相談されました。しかし、当時のわたしでは聚楽(じゅらく)の見積もりの出し方もよくわかりません。本屋に駆け込んで積算単価表を買い求め、「聚楽壁は㎡単価が○○円…」といった初歩の初歩から勉強です。見積もりを納得いただけると、次は工事をお願いする内装業者を探すわけですが、初対面の発注元が20代のわたしでは見た目からして不安ですよね。どこへ依頼しても、まず聞かれるのが「お兄ちゃん、支払いの方は大丈夫?」でした。
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支払いについては「工事が終わって、お客さまから入金があり次第、お持ちします」と告げるしかなく、ようやく1社に請けていただけたので、約束通り工事終了後、その足で代金をお届けしました。業者さんが「ほんとにすぐ持って来たね」と安心されたので「次もお願いします」と伝えると、快諾していただけました。結局、業者さんと信頼関係を築くのはこの積み重ねだと思います。約束を違えることがあってはならないし、特にお金に関しての取り決めは何よりも重要です。実は創業当初に一度だけ、忙しさに追われて、ある大工さんへの振り込みをうっかり忘れたことがあります。大慌てでその夜、謝罪に伺いましたが、この失敗を教訓に、以降は今日に至るまで、業者さんへの支払いと従業員の給料の遅配はありません。当たり前のことですが、何があっても守るべき約束ごととしています。
飛び込み営業を始めて以来、ノートにひと月の契約目標や売上目標を記し、それを実現するために一日100軒、200軒とかの訪問件数を自分に課すようにしていました。ところが、人間は弱い生き物です。自分だけで他に社員もいないのだから、誰に咎められることもなく、雨が降る日や大雪の日、体調が良くない時などは、朝起きるとそれらを言い訳に仕事を休みたくなります。とはいえ、休んでしまうと掲げた目標も意味がないので、逃げ腰になる自分を無理にでも奮い立たせて出かけていました。
しかし、自分1人では、お客さまに喜んでいただいても、売上目標を達成しても、誰も褒めてくれないし、喜びを分かち合うこともできません。独立して2度目の正月を迎える頃には、1人で頑張り続けることに疲れ果て、「誰か一緒にやってくれる人が欲しい。仲間が欲しい」と思うようになりました。そんな矢先、ずっとお世話になっているお客さまから「水道管が破裂したので大至急来てくれないか!」との連絡があったのですが、自分がいる現場を離れることが出来ず、お断りして不義理をする羽目に。この出来事を機に、自分1人で仕事をこなす限界を感じて法人化を決意しました。
法人化し、社員を雇ったが…。
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そして、平成7年4月19日、独立して2年間で貯めた400万円の自己資金を投じて「有限会社マエダハウジング」を設立。事務所を安芸郡府中町八幡の2DKのアパートに構えました。念願だった社員も取引先の紹介でリフォーム営業経験者2人が加わり、3人体制での新しい船出です。「いつか広島で一番のリフォーム会社になりたいね」と夢を語れる仲間が出来てワクワクする日が始まったのですが…まさに好事魔多し。半年くらい経った頃、わたしは、あるお客さまの集金が遅れていることに気付き、担当する社員に尋ねてみたところ「クレームが出て、もめています」とのこと。
一週間ほどして聞いても返事を濁すので嫌な予感がして、わたしがお客さまに電話で確認してみると、返ってきた答えは「とっくに入金しましたよ」。その夜、事務所に帰ってきた担当者に電話で伝えられた事実を告げると、まるで漫画のように一瞬で顔色が真っ青に。怒りと悲しみを抑えて当人に問いただすと、会社の売上げを170万円ほど横領して、ギャンブルに使い込んでいたことがわかりました。この行いは許されるはずもなく、もちろん即解雇ですが、会社にとっては大きな金額のため、回収しなければいけません。当人にお金がないので、家族に返済を求めることになり、母親が少額ながら毎月返済してくれていたのですが…いつしかそれも途切れてしまい、年老いた母親に催促するのも忍びなく、結局、回収は諦めました。
嫌な予感はさらに続きます。もう1人の社員も怪しい感じがしたので、調べてみると、あろうことか机の中から使途不明な領収書が出てきて、やはり彼もトータル50万円くらいの売上げを横領していました。組織を法人化して「一緒に夢に向かって頑張ってくれる仲間ができた」と喜んだのもつかの間、わたしの方が年齢が若いので舐められていたのかもしれません。夜逃げした前の会社の社長に続いて、今度は信頼していた社員たちに裏切られ、さすがに心が折れました。
新たな仲間と再スタート。
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初めて雇った社員2人が残念な去り方をして、人間不信になりかけていたわたしですが、幼い頃に母に聞かされて以来、何か困難に直面するたびに思い出す「昨日より今日はきっとよくなる」という言葉に救われました。「彼らを雇ったのは自分であり、人を見る目や管理能力がなかっただけのこと。全ては自分の責任。未経験者で良いので、性格が良くて価値観の共有できる仲間が欲しい」という前向きな気持ちが湧いてきたんです。
再び社員を募集すること決めた時、「あいつなら、わたしを裏切らない」と真っ先に頭に浮かんできた人物がいました。マツダ時代の同期で、わたしと同じように別の会社に転職したK君です。法人化した後、社員を募集するにも、良い業者と取引するにも事務所が2DKのアパートではいけないと判断し、平成8年夏に府中町桃山の店舗事務所に移転していましたが、K君を誘ったところ、この店舗を見てわたしの本気度を感じたようで、嬉しいことに入社を決意してくれました。ちなみにK君と、その少し前に、女子事務員として採用した人当たりの良いSさんの2人は、紆余曲折あったものの、弊社の創業メンバーとして、今も現役で頑張ってくれています。
今度こそ信頼できるメンバーを集めて再スタートを切ったマエダハウジング。いよいよ現在に続く長い旅が始まりました。
マエダハウジングの歩み。
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創業から今日に至るまで、その時、その時に様々な思い出やエピソードがありますが、とても書ききれないので節目となった出来事を時系列で記してみます。
平成5年 1月 広島市安佐南区にて個人創業。
平成7年 4月 広島県安芸郡府中町八幡にて(有)マエダハウジング設立。
平成12年 2月 安芸郡府中町山田に移転「リファイン府中」オープン。
平成13年 6月 「株式会社マエダハウジング」に組織変更。
平成18年 6月 サポーターズ事業部開始。
平成19年 10月 不動産仲介会社:株式会社マエダハウジング不動産設立。
平成21年 1月 安芸郡府中町鶴江に府中店舗を移転。
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平成23年 11月 佐伯区城山に「住まいの情報モール五日市店」を移転オープン。
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平成24年 1月 資本金3,000万に増資。
平成25年 7月 安佐南区西原に「安佐南店」移転オープン。
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平成26年 4月 資本金5,000万円に増資。
平成26年 6月 東広島市西条に「東広島店」オープン。
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平成27年 6月 第23回中国地域ニュービジネス大賞優秀賞受賞。
平成27年 7月 中区八丁堀に「八丁堀店」として経営本部を移転。
平成27年 10月 第10回ニッポン新事業創出大賞・アントレプレナー部門特別賞受賞。
平成28年 3月 南区宇品に「リフレ宇品店」移転オープン。
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平成28年 3月 経済産業省表彰「先進的なリフォーム事業者表彰」受賞。
平成28年 4月 資本金8,000万円に増資。
平成28年 10月 「株式会社マエダハウジングプラス」設立。
平成29年 12月 経済産業省「地域未来牽引企業」選定。
平成30年 1月 資本金1億円に増資。
平成31年 6月 広島市中区八丁堀に本社移転。
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令和元年 6月 株式会社マエダハウジング不動産の資本金3,000万円に増資。
令和 2年 8月 「株式会社ザメディアジョン」の株式を取得し、子会社化。
令和 3年 4月 広島県働きがいのある企業に認定。
令和 3年 8月 「株式会社エコミル」設立。
令和 4年 4月 マエダハウジング不動産の資本金5,000万円に増資。
令和 5年 1月 創業30周年。
転機となった売上げの壁。
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マエダハウジングの大まかな足跡をご紹介しましたが、30年の間には、いろいろな転機もありました。企業経営の視点からすると、売り上げが伸び悩む時に突破するための壁、数字的には「3億円の壁」「10億円の壁」…などがあったような気がします。
まず3億円の壁は、平成12年、従業員が7人の時でした。わたし1人の営業では、精一杯頑張ってみてもせいぜい2億円がマックスです。3億円の壁を突破するには、社長の営業力に頼らずに会社が回る組織づくり、即ち、わたしが営業の現場を離れる決断ができるかどうかがカギでした。一歩間違えれば売り上げが絶たなくなり、会社が潰れるので葛藤もありましたが、「この壁を越えないと社員に夢を見せられない」と腹を括ることに。かといって、すぐに営業を離れるわけにもいかず、わたしが考えたのが人材を中途採用して育成することでした。そして自分はマーケティングとマネージメントに専念する体制へのシフトを急ぎ、壁をクリアできた次第です。
また、10億円の壁の時は、「店舗が増えていたのでマネージメントを任せられる店長を育成し、リフォーム事業だけでなく中古リノベーションの不動産事業を柱にする」などの戦略で乗り越えることができました。その後もいくつかの壁を乗り越え、直近となる令和4年12月期の売上高は22億円(グループ連結38億円)です。
創業30年周年迎えたいま。
歳月人を待たず――月日は過ぎやすく、機会は失いやすいので早いので、たゆまず仕事に励み、行動を起こしてきた結果、様々な試練がありながらも創業30周年を迎えることができました。現在の組織や活動のことも補足しておきましょう。
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まず、従業員数。創業した時はわたし1人でしたが、業務を拡大するにつれ、いつしか78名(令和5年1月時点)に増えています。店舗数は、八丁堀店(本社)、府中店、五日市店、安佐南店、東広島店、宇品店の6店舗。一方、組織の方も弊社を支えるグループ会社として、次の5社が加わりました。
■株式会社マエダハウジング不動産=「中古住宅を買ってリフォームをしたい」という需要に対応するため設立。不動産探しから、資金計画、リノベーション提案、その後のメンテナンスまでワンストップで相談できる不動産事業。
■株式会社マエダハウジングプラス=賃貸物件や店舗、オフィス、診療所など、非住宅のリフォーム事業を中心に、「マツダ」の工場やオフィスのリフォーム、「サンフレッチェ広島」「広島ドラゴンフライズ」ほか、広島の外資系企業の外国人向け家具・家電レンタル事業を展開。
■株式会社ザメディアジョン
■株式会社ザメディアジョンHR
企業の新卒採用を支援する「人財マーケティング事業」と、地域特化型雑誌の発行や編集プロダクション業務を軸とする「メディアマーケティング事業」を中心に活動を展開。傘下入りを機に、リフォーム会社向けマーケティング支援を開始。
■株式会社エコミル
不用品買い取り店「エコリング」(兵庫県姫路市)のフランチャイズで、令和3年「エコリング広島段原店」の営業権を取得したのを皮切りに4店舗の営業権を取得。貴金属やブランド品の買い取りのほか、リフォーム時の不用品処分の需要を取り込み、相乗効果を追求。環境保護にもつなげている。
本業以外では、地域貢献活動の一環として、地域の子供たちのためのスポーツ大会「マエダハウジングカップ」の開催や、地域の公共施設「東区スポーツセンター」「安佐南区民文化センター」「府中町ふれあい福祉センター」の命名権の取得、地域清掃活動、そして広島県が推奨する「SDGsの実践」「CSV経営」を行っています。
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地域貢献の中では、軟式野球、サッカー、ソフトボール、バスケットボールなどのスポーツを通じて子供たちの心身の健康を応援したいという目的で定期開催しているマエダハウジングカップに思い入れがあります。わたし自身、小学6年生の時に津山市のソフトボール大会で優勝し、チームのみんなと心をひとつにして栄冠を勝ち取る素晴らしさを学んだことから、今のお子さんたちにも同じ経験をして欲しいんですよ。未来を担う子供たちが活躍できる場を提供することで「子供たちの笑顔を増やし、地域に活気を届けたい」と考えています。
未来に向けて!目標は「100年企業」。
起業する前に勤めていた会社が倒産して1人で取り残された時に頭に浮かんだのは、わたしを信用して仕事を依頼してくださったお客さまや取引先の顔でした。前の会社で迷惑をかけて、不義理をしたであろう取引先の中には、その後も取引させていただいている会社が数社あります。感謝しかありません。この出来事を通じて創業以来、わたしが信条としてきたのは「会社を潰してはいけない」、「人の喜びが自分たちの喜び」、「価値観とビジョンの共有」の3つです。何があろうと会社を永続させなければなりませんし、お客さまに喜んでいただくためには、現場を含むあらゆる人が価値観を共有して質を追求する必要があります。これを徹底していくと、徐々に支持を得られ、経営も安定しました。「人の喜ぶ顔をみるため、1人でも多くの人生に関わりたい」という一心で事業を展開し、人材育成と経営理念の浸透を図ったことが現在の礎となったのだと思います。
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今年1月に創業30周年を迎えたばかりですが、未来に向けての長期的なビジョンとしては、「地域で輝く100年企業になる」、「広島一“ありがとう”と“良かった”が集まる感動コミュニティー企業になる」の実現を掲げています。〝100億企業〟よりも100年後も持続する〝100年企業〟になりたいし、地域の方とご縁をつなぎ、多くの人に喜んでいただける経営をしていきたいんですよ。そして具体的な目標には、現在のグループ6社・150人の組織を2030年(令和12年)に10社・300人に拡大することを定めました。なぜなら、23年前、売上3億の時「このままでいいや」と思ったら、今の従業員やお客さまと出会えていないからです。この「広島人の履歴書」を手に取って初めてマエダハウジングを知っていただく方もいるでしょう。次の景色を見るために、現状に満足せず、協業なども踏まえ、新事業にもどんどん取り組んでいきます。人生一回きりなら、上をみないと!
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あと、個人的に叶えたい夢は、小さな書店を開くことです。出版社であるザメディアジョンを子会社化したのも然り、わたしは子供の頃から「本に囲まれて生活できる本屋の息子に生まれたかった」と思うくらい、無類の読書好きでした。大人になっても休日は、書店を回るのが趣味で、仕事柄ビジネス書を読む機会が多いけれど、時には人生が変わるような1冊に出会うことも。ところが、インターネットの台頭もあり、広島市中心部の“本通り商店街”に20年前は6店舗もあった書店が今では1軒もなくなってしまいました。江戸時代から続く書店文化を残すためにも、この本通り商店街に本屋を蘇らせたいんです。書店経営は、決して儲かるビジネスではありませんが、わたしのライフワークとして、いつか必ず実現してみたいと思っています。
《前田政登己(まえだ まさとみ)PROFILE》
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昭和40年 兵庫県姫路市生まれ。昭和61年 国立津山工業高等専門学校卒業。昭和61年 株式会社 マツダ入社。昭和64年 リフォーム業界へ入る。平成 5年 マエダハウジング個人創業。平成 7年 有限会社マエダハウジング設立。24年間で18,000件以上のリフォーム・新築・不動産などの夢の住まいづくりに携わる。2006年より「広島の安心・安全リフォーム」「広島リノスタイル」「中古を買ってリノベーション!」など40冊以上の雑誌・書籍発行に関わる。事業展開する「中古購入+リフォーム」のワンストップサービス、「空き家再活用」サービスは、経済産業大臣表彰「先進的なリフォーム事業者表彰」「中国地域ニュービジネス大賞 優秀賞」「ニッポン新事業創出大賞 アントレプレナー部門特別賞」などを受賞している。
【会社概要】
会社名 株式会社マエダハウジング
代表者 代表取締役 前田 政登己
本 社 730-0013 広島市中区八丁堀10-14八丁堀マエダビル3F
電話番号 082-511-7552
事業内容 住宅リフォーム、リノベーション・新築の設計・施工・管理
創業 平成5年1月 設立 平成7年4月
資本金 1億円※マエダハウジング単独
従業員数 78名(2023(令和5)年1月時点)※マエダハウジング単独
売上高 マエダハウジング単独 21億9,900万円(2022(令和4)年12月期)
グループ会社連結 38億1,000万円(2022(令和4)年12月期)
事業所 本社/八丁堀店 府中店 五日市店 安佐南店 東広島店 宇品店
グループ会社
株式会社マエダハウジングプラス
株式会社マエダハウジング不動産
株式会社ザメディアジョン
株式会社ザメディアジョンHR
株式会社エコミル
〇マエダハウジング https://www.maedahousing.co.jp/
〇マエダハウジングGRコーポレートサイト https://maedahousing-gr.jp/
〇マエダハウジング不動産 https://www.hiroshima-estate.com/
〇マエダハウジングプラス https://www.maedahousing.co.jp/maedahousing_plus/
〇ザメディアジョン https://mediasion.co.jp/hr/
〇ウェブマガジンくらうど https://www.kuraudo.jp/