【広島人の履歴書】
File.3 高橋雄幸さん 医療法人ゆうこう・ゆうこう歯科院長 《後編》

【広島人の履歴書 】


広島と縁のある各界のオピニオンリーダー自らが語る今日までの足跡。知られざるエピソード満載の履歴書(プロフィール)には、現在を生きるヒントが隠されています。

もっと歯科医に出来ることがある!
両親の介護から考える高齢者診療

みかん農家の長男として生まれ、家業とは全く関係のない歯科医の道に進んだわたしですが、両親も高齢となり、9年くらい前からは呉市豊町の実家の様子を見に帰る機会が増えるようになりました。みかん作りは10年前にやめました。以後、数年間は有志の協力もあり、わたしも無農薬でみかんを少し作っていましたが、大崎下島地区にも甚大な被害をもたらした3年前の西日本豪雨により、みかん山が崩れてしまい、いまはみかん作りを完全にやめています。

現在、両親ともに80代半ばで二人暮らし。要介護2で認知症も発症していることから、わたしと弟が交代で週1回程度、総菜類、レトルト・缶詰等の保存食、米などの食料や介護パンツといった生活必需品を届けるようにしています。栄養士の免許を持っていた母も今では食事をほとんど作らなくなり、ヘルパーさんが台所に入ることを嫌がるので、きちんと食事を採っていないのか?二人ともかなり痩せてしまい、完全に栄養失調状態です。

父は上の歯にわたしの作った義歯を使用しており、母は20本近く歯が残っていて、かろうじて自分の歯で食事をとれる状態です。現在、呉市豊町は歯科医のいない無歯科医地区のため、わたしが二人の口腔ケアや父の義歯の調整を行っています。まともな食事がショートステイやデイサービスの食事なので、栄養補助ドリンク、甘酒、野菜ジュースなどで、栄養を補給させることも欠かせません。「口から食べて元気になる」という栄養管理の大切さを両親の介護を通じて身をもって知り、いろいろ深く考えるようになりました。高齢者を対象にもっと歯科にできることがあるはずでは?…。

実は、わたしの診療所でも20年ほど前から高齢者の口腔ケアや義歯調整などを主体とする地域の訪問診療を細々と続けてきたんですよ。訪問診療中の例をひとつ紹介してみると、対象者は要介護4の68歳女性。3年前に当院外来で歯周治療と右上のブリッジ装着処置を行った患者さんです。筋萎縮性の疾患によるパーキンソン様症状もあり、全身が硬直するため、自律動作や会話も難しく、ほぼベッドの上で生活しておられます。65歳まで仕事をされていたところ、徐々に症状が悪化し、いまはご主人が介護されています。

歯頚部に歯垢が多いものの、ご本人の歯が27本残存しているので咬合は問題ありません。ただ、食事は介助者がやわらかめの食べ物を口に運ぶと数回噛んで食べる状況で、最近は栄養補助食品で栄養補給するようになってきました。この女性の場合は今後、虫歯が増加する心配があることから、虫歯の管理が非常に重要です。わたしたちは、口腔を刺激することで脳の刺激にもつながることを踏まえて“歯科衛生士による口腔ケア”や“唾液腺・歯肉・舌・首・肩のマッサージ”を行うほか、虫歯にならない飴を使用した“飴舐めリハビリ”などで治療にあたっています。

わたしも両親の介護を機に自分の見識を深める必要性を感じ、3年間、訪問歯科診療に力を入れておられる呉市の藤本歯科に月2~3回、勉強兼アルバイトに赴き、介護施設や居宅で実践を重ねてこられた摂食嚥下担当の三原千惠先生に嚥下内視鏡検査などの指導を受けて技術を学びました。とはいえ、訪問歯科診療については課題も少なくありません。介護の分野において歯科は「入れ歯調整士とか、口のお掃除屋さん的な存在」として認識されており、施設へ介入するには太いパイプや“営業力”が必要ですし、居宅の場合は、ケアマネージャーに歯科と協力関係を作ることが大切で、サービス担当者会議への出席も欠かせないのが実状です。当院を含め、小さな歯科にとっては、なかなか高いハードルなんですよ。

高齢者のお口の診療について、いくつか専門的なことを解説してみましょう。まず、人が物を食べる時は、食物を口に運ぶ「摂食」→口の中でかみ砕く「咀嚼」(そしゃく)→食物を飲み込み、口から胃へと運ぶ「嚥下」(えんげ)の流れがあります。咀嚼に関してのプロであるわたしたち歯科医の見立てでは、高齢者が食事を採れずにカロリー不足や低栄養となる原因のひとつが、口の中で義歯が合わずに噛めないことなんです。当院の治療としては、義歯製作と調整は歯科医師が担当し、口腔内のクリーニングは歯科衛生士が担当することで迅速に対応するようにしています。最近は自分の歯が数多く残っている高齢者も増えており、虫歯の増加も大きな問題になり始めています。義歯と合わせて早めの治療を呼びかけたいですね。

こうしてみると、歯科は「食べる」ということに一番関係のある職種かもしれません。では「食べる」という行為について考察してみましょう。「身体の老化」とは、すなわち「口の老化」です。口が衰えると、噛めないし、食べられない。低栄養となり、筋肉量の減少および筋力の低下する状態“サルコペニア”を招いてしまいます。口は栄養の入り口であり、消化器の入り口です。従って、歯科は栄養の入り口を整備する、言い換えれば「食べられる口を作る」という大きな役割を担っているわけです。ところで、口のもう一つの大きな役割といえば「話す」「会話する」「歌う」こと。話をしたり、歌を歌うと口や舌の運動になるし、孤独に陥るのを防ぐためにも会話を楽しむことが大切です。

一方、介護の現場でよくみられる手術で胃に小さな穴を開け、チューブを通して直接栄養を注入する医療措置「胃瘻」(いろう)の高齢者にも口腔ケアは必須です。胃瘻の方は咀嚼しなくなるため、口の中に汚れが残り、口腔粘膜に貼り付いてしまいます。特に口をポカンと開けた状態だと、乾燥がひどくなり、痂皮(かひ)もこびりつきやすくなり、喉の奥まで広がると呼吸が苦しくなるんです。治療では、栄養剤注入後、口腔ケアをするのが一般的かと思われますが、できれば注入前にも口のケアをしていただきたい。口腔ケアで口が刺激され、胃や腸が食べる準備をすることで動き始め、栄養剤の吸収が良くなります。是非、お試しいただければ。

食べることは生きること―生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように、との願いを込めて平成元年より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進しているのが、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」を掲げる“8020運動”です。運動が始まる前の昭和56年当時、80歳の方の歯の残存数は平均8本で、半数近くは無歯顎状態とされていました。ところが、8020運動達成者の増加に伴い、現在は6割近くの方が80歳で20本以上残っており、併せて健康寿命も長くなっています。その半面、残る歯の数が増えた分、虫歯の増加を招いたり、口腔機能が低下して全身の状態の悪い方には歯が牙に転じて口唇を傷つけるケースなども出てきました。

高齢になって通院や施設での受診が難しくなると、簡単に歯が抜けないのも良し悪しで、これから歯科の対応がさらに求められるところです。自分の歯で食べる楽しみは別として訪問診療では義歯の方が対応しやすい面もありますね。ただし、義歯は精密機械のようなもので、義歯治療における歯科医師の力量差は非常に大きく、その調整は医師でも苦労することが多いくらいです。義歯が合わない時は、入れ歯安定剤を使うと多少落ち着くこともありますが、素人に調整はまず無理なので、義歯を使っておられる方は3~6か月に一度の調整が不可欠だと言えるでしょう。「悪くなってから」ではなく、「悪くならないように」早めに診療を受けていただくのがベストですね。

令和3年現在、ゆうこう歯科には、歯科医師はわたし一人ですが、常勤する歯科衛生士が3人います。当院の規模で歯科衛生士が3人常勤しているのは多い方だと思います。いまは来院される方の3人に1人くらいが口腔内のケア、メンテナンスに通われていますが、地域のみなさんに「歯科と一緒にの口腔機能の管理や栄養管理をやっていきましょう」と呼びかけているので、半分くらいがケアやメンテを目的に来院されるようになるのが理想ですね。そのためにも院長のわたしはもとより、スタッフも様々なケースに対応出来るよう研修会や勉強会などに積極的に参加しています。

都市開発が進む安佐南区の街並みを間近に眺めながら開業して約30年。地域の高齢者も増え、来院される患者さんの年齢層も高くなりましたが、わたし自身も還暦を過ぎてしまいました。自分としては、歯科医の仕事が好きだから今日までやってきたわけではありません。言葉を選ばずに言えば、この仕事が苦にならないから、あるいは向いていたからやって来られたのだと思います。“好きこそものの上手なれ”で、仕事を選ぶ人が多いかもしれませんが、わたしの場合は、たまたま自分に適性があったから職業として細く長く歯科医を続けられた気がしています。還暦を過ぎ、自ら診療現場に立てる時間は残り少なくなってきたので、これからは後継者の育成に力を注ぐ方針です。ゆうこう歯科にかかわるすべての方の安心・安全・笑顔のために…歯科医としての人生を全うしたいですね。

《高橋雄幸(たかはしゆうこう) PROFILE》

1960年生まれ。呉市出身。1987年広島大学歯学部卒業後、医療生協健文会・宇部協立歯科診療所勤務。1992年から医療生協・健生歯科なるとに勤務したのち、1993年6月「ゆうこう歯科」開業。2014年4月「医療法人ゆうこう」を設立。

〇矯正:床矯正研究会会員
〇インプラント:IPOI 臨床研究会会員(POI インプラント・マスターコース修了)
〇予防:日本ヘルスケア研究会会員
〇歯周病:国際歯周内科学研究会会員
〇全身と噛み合わせ:全身とかみ合わせとの関係を考える会会員
〇コミュニケーション:CHP(クリニカルヘルスプロモーション)研究会
〇義歯:アーチフェイシャル咬合研究会アドバンスコース修了
〇塩田義塾会員

【医療法人ゆうこう ゆうこう歯科】
所在地:〒731-0153 広島市安佐南区安東2丁目10-2 エムタウンビル4F
電 話:082-872-7878
メールアドレス:info@you-cou.com
休診日:水曜日(不定期)、日曜・祝日

■ホームページ http://www.you-cou.com/

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