ブラザーズ

こんち、これまた、ご機嫌いかが?流川の「レコードバー野中サンハウス」店主でございます。2018年冬に開店した「野中サンハウス」では、「アナログ・モノラル・ローファイ」を合言葉に、日々様々な音楽をお楽しみいただいております。

先月は、女きょうだいのお話をいたしました。なので、今月は男兄弟のお話を。わが国にも兄弟ユニット、たくさんあって、狩人、キリンジ、ぴんからトリオにチェッカーズ、Kink Kidsは、ちょと違う。お笑いならば、ミキ、中川家、千原兄弟、横山ホットブラザーズ。忘れちゃいけない、おすぎとピーコは、なんとしょう?などと、ホホ敬って「ブラザーズ」特集のはじまり、はじまり。

まずは、アメリカ南部、ジョージア州メイコン出身の「オールマン・ブラザーズ・バンド」。1946年生まれの兄、デュアン・オールマン(今は、デゥエインと読むようだ)と1947年生まれの弟、グレッグ・オールマンを中心に結成、1969年デビュー。兄デュアン、素晴らしいギタリストで、あだ名は「スカイドッグ」、スライドギター名手。

一方、弟グレッグは鍵盤と男臭いヴォーカル。大昔、桑田佳祐がラジオで、一番好きなヴォーカリストと明言した記憶がある。この2人を中心に、ギター、ベース、ドラム2台、6人組の超絶テクニックの叩き上げライブバンド、それが、オールマン・ブラザーズ・バンド。

写真左の白黒ジャケットは、1971年3月録音、7月リリースのライブ2枚組名盤「アット・フィルモア・イースト」、左から2人目がデュアン、真ん中で笑っているのがグレッグ、みんな仲が良さそうだ。実は、裏ジャケット、同じ場所でローディーを撮影している。裏方さんを大切に思っていたのでしょう、良い写真です。さて、右側の星条旗色の2枚組CDは、1970年7月に行われた「アトランタ・ポップ・フェスティバル」のライブ盤。2枚目の「ドント・キープ・ミー・ワンダリン」でのデュアンのスライドギター、鳥肌必至、ぜひ御一聴を。

実は、デュアン、このアトランタのライブの翌月から、エリック・クラプトンとの名演「いとしのレイラ」のレコーディングに入る。2枚組アルバム、14曲中11曲、2人仲良くギターを弾いている。特にタイトル曲の後半、美しく優しいスライドギター、涙が出る。アメリカを代表するバンドになった直後の1971年10月29日、デュアン、オートバイ事故で他界、24歳の若さだった。グレッグはバンドを継続し、2014年までライブ活動を行い、2017年1月24日他界、享年69歳。

続いて「ブルース・ブラザーズ」。シカゴのチンピラ、ジェイクとエルウッド兄弟。映画の中の兄弟だから、ジョン・ベル―シとダン・エイクロイドは、もちろん兄弟ではない。1980年に封切られた映画のオリジナル・サウンド・トラック盤は、右側の青いCD。一方、左側の白黒ジャケットのLPは、「ブルースは絆」というライブ・アルバム。ブルース・ブラザーズは、人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」にて、1978年4月に番組デビュー。

その後、ライブ・デビューし、このアルバムは、1978年9月に録音し11月にリリース。つまり、映画の前にデビューしているのであります。バックバンドは超一流。オーティス・レディングのバックを務めていたMG‘sのスティーブ・クロッパー、ドナルド・ダック・ダンをはじめ、サックスにトム・スコットなどなど。ブルース愛に溢れる全12曲を収めた本アルバム、酷評する評論家もいたらしいが、ビルボードで1位、それでいいのだ!残念ながら、ジョン・べルーシ1982年永眠、33歳の若さであった。

アメリカ南部、北部と続いたところで、お次はウェスト・コースト代表、カリフォルニア出身、「ドゥービー・ブラザーズ」の登場でございます。「ドゥービー」とはマリファナの隠語らしく、売れないに時代することが無く、みんなでマリファナばっかり吸ってたらしい、で「マリファナ兄弟」、もちろん血縁関係はない。

1971年、ワーナー・ブラザーズからレコード・デビューするものの、全く売れず。今聴くと、結構良いのになあ。1972年、セカンド・アルバムとして、左側のLP「トゥールーズ・ストリート」をリリース。1曲目の「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」が大ヒット、ビルボードで11位。「音楽を聴けい」というシンプルで豪快なトム・ジョンストンのヴォーカルと、ダブル・ギター、ダブル・ドラムス、しかも抜群のコーラスでヒットを連発し、アメリカを代表するバンドに。今も活動を続けている。

2017年に来日し4公演、見た人おる?さて、右側のシングル・レコードは、このアルバムからのシングルカット、「Jesus Is Just Alright」。アメリカ盤には珍しく、ジャケットがあるのがウレシイ1枚。

イギリスにもおるんですよ、兄弟バンド。1944年生まれのレイ・デイヴィスと1947年生まれのデイヴ・デイヴィス兄弟を中心にロンドンで結成された4人組「キンクス」。兄貴レイがヴォーカル、弟デイヴがリードギター。1964年、レコード・デビューし、サード・シングル「ユー・リアリー・ガット・ミー」が全英NO.1の大ヒット。シンプルなコード、歪んだギター・サウンド、つっかるようなギター・ソロ、今聴いても、無茶苦茶カッコイー。

ちなみに、1978年、ヴァン・ヘイレンのデビュー・シングル・レコードは、この曲で、もちろん大ヒット。その曲から始まる、左のLP「ヒット・シングルズ」は便利な一枚。ビートルズやザ・フーに影響を与えたという、1965年の「シー・マイ・フレンズ」、1970年にオカマを題材にした珍曲「ローラ」も、入ってる。右のEP「KINKSIZE SESSION」は、1964年、ファースト・アルバムより前に出たEPレコード、4曲入り。「ルイ・ルイ」のカバー、ええですよ。さて、兄弟仲が悪いと言われるキンクス。現在も再結成の噂あり、楽しみではある。

イギリスの兄弟バンドをもうひとつ、ご紹介。バイクのレースで有名な英国王室属領マン島に、1946年、バリー・ギブ、生まれる。1949年、ロビンとモーリスの双子が生まれる。その後、オーストラリアに移住し、1963年、デビューして、人気者に。1966年には、オーストラリアで最優秀ボーカルグループに選ばれ、1967年、シングル「スピックス&スペックス」が全豪No.1。その後、イギリスに戻り、同年、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」をリリース。それが、ビージーズなのであります。

さて、シングル盤3枚。右端のレコード、A面の「イン・ザ・モーニング」は1965年の曲。B面「トゥ・ラブ・サムバディ」は、1967年に、オーティス・レディングのためにバリー・ギブが書いたが、オーティスが飛行機事故で他界したため、自分たちでレコーディングした。真ん中の「マサチューセッツ」は1967年の大ヒット曲、なんとオリコン・チャートでは、日本人歌手以外で初の1位。左側の「メロディ・フェア」と「若葉のころ」は1969年の作品。

ジャケットを見るとわかりますが、「マサチューセッツ」以外は、1971年の映画「小さな恋のメロディ」のサウンドトラック。あの映画、実はビージーズの名曲の数々で成り立っていたのであります。その後のビージーズ、ディスコ・ブームに乗っかって「サタディー・ナイト・フィーバー」で大フィーバー。2003年モーリスが、2012年ロビンが他界。バリー兄さん、今も健在。

今回は、兄弟に照準を合わせてレコードをご紹介いたしました。さて、そんなこんなレコードが、そこそこある「レコードバー野中サンハウス」へ、ぜひおはこびください。また、月に一度ほど、RCCラジオの人気番組「バリシャキNOW」にお呼びいただき、蓄音機で2枚回しています。次回は、6月21日、月曜日に出演する予定です。

また、タウン情報ひろしまに、音楽コラム「レコード女子のススメ」も毎月寄稿しています。

さて本日はここまで。今日も明日も、名盤聴こう!それでは、みなさん、ごきげんよう。

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