広島大学大学院生・エラヘ・ナスルさん

世界中から人々が集う地・広島。宮島や原爆ドームなどの観光にとどまらず、広島を舞台に活躍する外国人が増えています。その一方では、広島と世界の架け橋となり、多文化共生の一助を担う日本人も多くいます。 様々な国籍の“広島人”へのインタビューをどうぞ!

今回ご登場いただくのは、広島大学大学院人間社会科学研究科博士課程に通うエラヘ・ナスルさんです。幼少期からイランの伝統的な文学や芸術、映画作品に囲まれ、物語の世界に夢中だったナスルさんは、大人になるにつれて「自分で物語を創りたい」と思うように。2020年には、ここ広島で自身初の短編映画を制作しました。「将来は広島で作家になりたい」と語るナスルさん。広島とイランを股に掛ける若き才能に迫ります。

はじめに、自己紹介をお願いします!

私は1996年にイランの首都であるテヘランで生まれました。と言っても、イランやテヘランの様子がイメージできる人は少ないと思うので、私の故郷について少し説明しながら自己紹介を進めたいと思います。イランの首都であるテヘランは、日本で例えると大阪のような街で、陽気でにぎやか、そしていつも大渋滞しているんです。テヘランから車で4~5時間ほど走ると、カスピ海に面したギランという街に到着します。そこは私の祖母が生まれた街であり、子供の頃は家族でよく遊びに行きました。そんな幼少期の思い出の地に、広島という街は偶然にも気候や雰囲気がそっくりなんですよ。初めて訪れた瞬間から、どこか懐かしさを感じて心地よい気分になりました。また、イランを紹介するうえで外せないのは歴史の奥深さです。イランの母語であるペルシア語は、現在も日常的に使われている数少ない古代語の一つですが、その歴史の長さから、数多くの文学、芸術、そして映画作品を生み出してきました。後で詳しく述べますが、私の将来の夢である作家も、イランで多くの作品に囲まれながら育った幼少期が大いに影響しています。

作家を目指すようになったきっかけは?

私は子供のころから絵本を読んだり映画を観たりするのが大好きで、一度夢中になると時間も忘れるほどの熱中ぶりでした。また、両親も映画を観るのが大好きで、私の幼少時代には、誕生日にスタジオジブリのDVDセットをプレゼントしてくれたんです。「もののけ姫」、「千と千尋の神隠し」、「トトロ」といった名作に出会えた感動は今でも忘れられません。今思うと、世間も家庭も芸術作品で溢れていた環境で育った私が、物語の世界に興味を持つようになったのは必然だったのかもしれません。とはいえ、将来の夢として考えるほど、物語制作に魅力を感じた理由は何かと問われると、ずばり、物語が持つ「どこか別の場所へ連れて行ってくれる力」だと思います。小説を読んでいるとき、暗い映画館でスクリーンを観ているとき、物語は、いつも私を登場人物たちと同じ世界に誘ってくれます。多くの本や映画、そして尊敬する作家や映画監督に憧れるなかで、次第に「私も彼らのように人々が熱中する物語を創りたい」と思うようになりました。

なぜ広島に?

私が初めて広島を訪れたのは高校生だった2014年です。当時、父親が広島で働いており、イランでは母と二人暮らしをしていましたから、夏休みは父と一緒に過ごしたいと思い広島にやってきました。昔から、いずれイランを出て外国で暮らしたいと考えていましたが、この時はまだほんの小旅行のつもりでした。しかし、いざ広島の地に降り立ってみると、ギランとそっくりな気候ということもあってすぐさま虜に。ひとまず、大学は広島で学ぼうと決心しました。広島の大学に通うとなれば、また父と一緒に家族揃って生活できるという嬉しさもありましたね。その後、2018年に広島大学に入学。文化や歴史、観光について専門で学ぶ学部に通いながら勉強を進めるうちに「人間はどのようにして“場所”に愛着を持つのか」、「なぜ、その“場所”に自然と足を運ぶようになるのか」と考えるようになりました。こうして、私にとっての広島は、単に住むだけの場所ではなくなり、自分の心と深く結びついた場所になるとともに、研究の中心となりました。そこで、学部生を修了しても広島で研究するという決意を固め、2年間の修士課程を経て、現在は博士課程に在籍しながら研究を続けています。

現在はどのような研究を?

学部生時代に、“場所”に対する人間の感情に興味を持ったことをきっかけに、修士課程以降、映画と地理の関係性について研究しています。2020年には、広島県尾道市瀬戸田町にある「平山郁夫美術館」でインターンシップを行った経験をもとに、同市を舞台としたショートフィルム「Nozomi」を制作。この際、映画製作者が撮影“場所”をどのように理解し、想像し、表現しているのかを研究し、自身の作品に落とし込みました。最近は、広島で制作された―または広島を描いた―映画作品に注目し、映画の中で広島がどのように描かれているのか、映画の観客が広島をどのように認識するのか、そして、広島を実際に訪れた人々がどのように体験するのかについて調査しています。映画の中で表現される広島、観客によって想像される広島、訪問者によって経験される広島というように、同じ“場所”でも立場によって見え方、捉え方が違うというのは非常に興味深いです。

今後の展望を聞かせてください!

今後も“場所”に関する研究を続けていきたいです。そして同時に、子供のころに憧れた作家の夢にも向かっていきたい。現在進行している“場所”に結び付いた感情的・文化的なつながりに対する研究は、私が今後も多くの物語を創作する上でより深みを与えてくれると信じています。最近は、研究の息抜きにアリス・マンローの作品を読んでいます。彼女の作品の多くは、自身が生まれ育ったカナダ・オンタリオ州を舞台に展開される点が非常に印象的です。私も彼女のようなスタイルで物語を創りたいと考えており、その際は是非、広島を舞台にしたい。冒頭にも述べたように、広島という地は、私を強く引き付ける不思議な力を持っています。気候や雰囲気もそうですが、大学で関わる人々も、尾道市で映画製作の際に関わった人々も、皆さん優しく私を受け入れてくれました。私は広島の温かさにとても助けられています。そんな広島に私なりの恩返しの意味も込めて、広島を舞台にした作品を多く創れたらいいなと思っています。

●プロフィール

広島大学大学院・エラヘ・ナスル(Nassr Elahe)

1996年12月3日生まれ、イラン・テヘラン出身。父親の仕事の都合で3歳から8歳まで韓国で過ごし、16歳で初来日。広島の街の雰囲気に魅力を感じて広島大学への留学を決意。2018年に広島大学に留学し、今年、来日10年目を迎える。

2019年から2020年にかけ、映画制作及び脚本を学ぶために半年間イタリアに留学。帰国後、留学時に執筆した脚本を基に短編映画「Life as It Is」を制作。さらに同年、「平山郁夫美術館」へのインターンシップを経て短編映画「Nozomi」を制作する。将来は、広島で作家として働くのが夢。

趣味は読書、映画鑑賞、旅行。アリス・マンローのおすすめ作品は「Who Do You Think You Are」。

日々の楽しみは夕方から夜にかけてカフェのテラス席で過ごすこと。

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