学生時代に出会った里山林、特にアカマツ林との関わりは、修士課程修了後、いったん社会人になっても途絶えることはありませんでした。先の記事でもご紹介しましたが、学生時代から参加していた森林ボランティア団体では、週末にマツ枯れで荒廃した里山林をチェーンソーなどで整理する作業をしていました(現在は退団)。修了後1年したら結局、社会人ドクターとして博士課程にも所属し研究活動を続け、博士号取得後には研究機関に異動して業務としてもアカマツ林の根系や土壌を調査しました。
またプライベートでは、アカマツ林がまだ多く残る西中国山地に近い北広島町に移住。さらに2人目の子どもが生まれたタイミングで家を建てて定住する際には地松材を主に使い、憧れの薪ストーブはマツが燃やせる特殊なストーブをわざわざ信州から導入。子どもたちが小さくてまだ時間的余裕があった頃には、地元の友達や家族と一緒に近くのマツタケ山を復活する作業をしながら、ピクニックやちょっとしたワークショップ、なんてこともやってましたね。改めて思い返すと、アカマツに取り憑かれていたのかもしれません(笑)。※写真は近所のアカマツ林で整備作業しながらの野イチゴ摘み食い風景。
ところで近年、アカマツ以上に取り憑かれているのが前回ご紹介した「ネズミサシ」(正式和名ネズ;ヒノキ科)なんです。今回は特に蒸留酒ジンの材料としてネズミサシを活用いただいたお話を中心にまとめてみたいと思います。とはいえ、広島県産ボタニカルにこだわったクラフトジン「SAKURAO GIN LIMITED」を商品化して2018年3月に販売、そこから世界的な品評会でも最高クラスの賞を次々と獲得されている当事者・中国醸造株式会社さんのお立場もありますので、まずは開発に至った経緯や今後に向けた思いなどについて、醸造責任者Yさんのネット上のインタビュー記事を先にご紹介いたします。以下、ご参照ください。
■LiquorPageリカーページ 2020.1.20号
https://liquorpage.com/sakurao-gin-interview/
この中で触れられているとおり、ちょうど5年ほど前、ジンの原料として欠かせないジュニパーベリーを広島県のアカマツ林にも自生するネズミサシの実(球果)で代用できるという情報提供のタイミングが商品開発のプロセスに奇跡的に合致しました。もちろんそこからの業務上の組織的ネットワークが有効に機能したのも大きかったですが、この発想の原点は前回も触れたとおり、私の学生時代のマツタケ山での知見にありました。またネズミサシの産地のご紹介や収集方法の調査研究についても、学生時代に通った地区との繋がりを真っ先に活用させていただきました。
自身の研究活動としても、ここまで単一の樹種の生態とその利用について執念深く探究したのは初めてでした。ネズミサシは研究対象としては特定の樹病との関連で調べられた蓄積はあるものの、その生態や生理についてはわからないこと、調べられていないことが多く、特に実の成熟や豊凶については定性的な記述しか見当たりませんでした。そこで、とある施設内で特に実を多くつけていた雌木数本を対象に、実が成熟して落下する秋から冬にかけて枝張りの下にネットを張り落ちてくる実を定期的に集め、サイズごとに分けて重量を調べる、というたいへん地味な調査をやってみました。調査した年はちょうど積雪が多く、雪の重みで支柱が折れたりして何度か心も折れそうになりましたが、最終的に大きな傾向を定量的に掴めたのは新鮮な喜びでした。
※写真はネズミサシの実を集めるネットの配置状況。
またネズミサシの実だけでなく枝葉や木材も活用して、トータルに立木一本ごとの価値を高めるための出口づくりにも動き回りました。三次市の有限会社一場木工所T社長さんが中心になってコーディネートしてくださり、クラフトジンの交流イベントでの展示ブースやボトルディスプレイ台、さらにカトラリ類までネズミサシ材の使用を徹底的に提案していただきました。その思いをいつも受け止めて社内で企画を進めてくださった中国醸造Fさんの存在も大きかったです。※写真はネズミサシ材を使用したボトルディスプレイ台。
さらにネズミサシが多く生育している地区での地元住民との協働による「ネズミサシの森」づくりについても、住民団体代表Nさんと森林組合の総務企画部長Kさんの円滑な調整のおかげで、関係する方々に共感いただき自発的に取り組みが進んでいます。その取り組みは中国醸造さんのインスタグラムでも定期的に発信されています。
昨年末の整備作業や収穫風景の投稿は次のリンクのとおり■https://www.instagram.com/p/CI0MA5QFp78/?igshid=5ygq3ni7zimo)。
※写真はネズミサシの森での地元住民と中国醸造社員による共同作業。
こうした5年近くにわたる取り組みに、最近たいへん嬉しい評価もいただきました。木の良さや価値を再発見させる製品や取り組みについて、特に優れたものを消費者目線で評価される「ウッドデザイン賞2020」(■https://www.wooddesign.jp)で、昨年12月11日に奨励賞(審査委員長賞)を関係者と共に受賞させていただいたのです!※写真は中国醸造株式会社によるウッドデザイン賞受賞告知。
この受賞は業務を超えて思いが繋がるということを経験する機会になり、関係者の方々に本当に感謝しています。と同時に、個人的にも里山林の活用をライフワークとして取り組むことへの勇気や希望をいただきました。今回のネズミサシとクラフトジンのように振り返った時に場面ごとの積み重ねがいつのまにかまた実を結んで、いろんな方々と思いが繋がり、皆で喜びを共有できることを楽しみに、業務でもプライベートでも取り組みたいと思っています。
ということで、この連載はこれまでストーリーを持たせるために過去から現在へお話しを繋いできましたが、次回からはテーマやイベント別にして、プライベートを中心にこれまで実践というより試行錯誤してきた、またこれから挑戦していきたい「里山生活術」、言い換えると「里山でのライフスタイルをさらに価値が高いものにするための戦術」をまとめる場にしたいと思っています。この過程が読者の皆さんのライフスタイルを考える契機となれば幸いです。
■補足資料
ご紹介した取り組みについては、すでに一般向け業界雑誌「ひろしまの林業」(広島県林業改良普及協会発行)に執筆した記事をご紹介しますので、詳しく知りたい方はまず下のリンクからpdfをダウンロードしてご覧ください。
(1)ネズミサシ活用とその技術的支援全体の取り組みについてhttps://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/386182.pdf
(2) 上の続報として里山林全体の活用も含めた取り組みについてhttps://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/397677.pdf
また研究上の具体的な調査や技術支援については、1年くらい前に次の論文にまとめました。あともう少しすれば全文pdfが一般公開されると思います。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjfes/35/1/35_35.61/_article/-char/ja/