わたしを野球に連れてって~

カープの元4 番が登場するテレビCMを見たことがあるだろうか。地元の不動産会社のCMである。筆者が知るところでは、契約の説明を受けている役のCMと一人しゃべりのCMが、計4 パターンある。このCMが流れたら、耳を澄まして欲しい。元4番のしゃべりの後ろから、BGMが聞こえてくる。歌詞はない。アコーデォンか何かだろうか。懐かしい気持ちになってくる。どこかで聞いたことがあるような。ふと口をついて出てくる歌詞は…。

♪Take me out to the ball game.

そう。「わたしを野球に連れてって」だ。野球の好きな女の子が彼にむかって、「遊園地なんかに行かないわ。みんなが集まるスタンドへ連れてって」という歌である。

このテレビCMを作った会社もディレクターも知らない。でもスタッフが野球好きなのは、よく伝わってくる。もう一つ言うと、BGMの音声レベルをかなり落としていて、よく聞かないとわからない。制作者が通ぶって、「俺はこんな曲、知ってるんだぞ」と威張っていない。CMそのものを邪魔してなくて、引き気味なところがすごくいい。

と、褒めちぎった。話を戻すと、この曲はメジャーの試合で7回表終了時にスタジアムでかかる。応援ソングの定番だ。メジャー野球の夢を歌っている。

そのメジャー野球の話。今年8 月18日、ミルウォーキー・ブルワーズ戦に先発した前田健太(ミネソタ・ツインズ)は、7 回終了時点までノーヒットノーランの快投を見せた。8 連続奪三振と球団記録も更新した。リリーフピッチャーが打たれ、前田に勝ち負けはつかなかったものの、この前の試合でメジャー通算50勝をあげている。NPB時代の97勝を足すと、通算147勝となった。堂々の勝ち星である。ちなみに前田をリリーフし3 失点したテーラー・ロジャーズは、前田の勝ち星を消したお詫びにと、お米券を贈ったそうだ。

ノーヒットノーランだが、前田はNPBで一度達成している。2012年4 月6 日のDeNA戦だ。広島の選手で見てみると、ノーノーの達成者は延べ6 人いる。外木場義郎が3 回達成、うち1 回が四球もエラーもない完全試合。あとは藤本和宏、佐々岡真司と前述したNPB時代の前田健太が各一試合である。残念ながら、筆者はノーヒットノーランを球場で目撃したことはない。2012年の前田の試合結果を、地元放送局のニュース速報で知った。一瞬で心臓の鼓動が回数を増した。横浜スタジアムのどよめきを、その何十分の一かを共有できたような気になった。今でもその時の興奮を思い出すことがある。

話は変わるが、リリーフで試合またぎのノーノーの記録もある。今年7 月17日、楽天vs西武三回戦で7回、平良(たいら)海馬(かいま)投手(西武)が登板。銀次から始まる打線を三人で打ち取り、9回2/3イニングをノーヒットノーランとした。

カープの投手も記録している。93年の大野豊投手だ。4 月11日の開幕第二戦に登板すると、ヤクルトの城、飯田、金森をわずか3球で打ち取り、この年最初のセーブを挙げた。横浜戦、巨人戦と、大野の快進撃は続いた。5月25日の中日戦、この日完封ペースだった先発・佐々岡が9回、川又にツーランホームランを浴びるとマウンドに。3対2と1点差に迫られてのピッチングだった。ノーアウトランナーなし。大豊をファーストゴロに打ち取ると、続く二人の打者も抑え込み、11連続セーブを達成した。開幕からの記録は、日本新だった。

もう一つおまけがつく。この間、11回1/3。大野はリリーフでノーヒットノーランを続けていた。一試合以上である。大記録の予感に、翌日、筆者は通信社に連絡を取った。「この記録は、歴代何位になるんでしょうか? リリーフで一試合分ノーヒットノーランを達成したのは、前例があるんでしょうか?」調べるのに時間がかかりそうで、いったん電話を置いた。折り返しの電話を待つ間は、何も手につかなかった。一時間ほどそわそわしていた。電話が鳴った。

「そういった記録は、すぐには分からない」という回答だった。コンピュータが普及する前の話だ。今でこそ、参考記録がすぐに出てくるが、当時はそんな時代だった。プロ野球の記録マニアのブログなどをときどき見かけるが、今のように微に入り細を穿った記事になったのは、ここ二十年ぐらいだろう。データ管理は、コンピュータの普及と切り離せない。

ところで、大野の記録はその後どうなっただろう。ノーヒットノーランは続いただろうか。大野の12回目の登板は、それから10日あまり後の、6月6日対ヤクルト9回戦(旧広島市民球場)となる。この試合、筆者はバックネット裏から観戦していた。

9-8とカープ一点リード迎えた7回表、カープのピッチャーは望月。ヒットで出塁した池山が、次打者の内野ゴロと盗塁でワンアウト三塁とする。バッターボックスには、ハドラー。ハドラーは、5球目を叩くと打球はサードへ。池山はホームに突っ込むが、キャッチャー西山にブロックされ、タッチアウトとなる。

ここで騒ぎが起こった。西山が池山を小突いたのだ。両チーム入り乱れての乱闘騒ぎとなり、西山は退場となった。その裏、カープは2点を追加し、11-8と3点リードとなった。8回表、カープのマウンドには大野豊がいた。セーブシチュエーションではあるが、1イニング早い気がした。退場者が出た、荒れた試合である。そんな中、ライト側スタンドが、わっと沸いた。一人のファンが、大野の「連続イニングノーヒットノーラン」を称える横断幕をなびかせて、外野スタンドを走り始めたのだ。球場は沸きに沸いた。嫌な気がして、大野を見た。集中力が途切れないか。ややうつむき加減の大野の表情は、何も読み取れなかった。

8回、大野はワンアウトは取ったものの、続く笘篠にセンター前に運ばれた。ノーヒットノーランが途切れた。松元にもヒットを打たれ、無失点記録も途切れた。大野は、8回、9回と2イニングに37球を費やした。1失点したが、12セーブ目は手に入れた。乱闘や横断幕が大野の「連続イニングノーヒットノーラン」に影響を与えたかどうかは分からない。ともかく、そんなことがあった。野球観戦が、今よりお祭り騒ぎだったころの話である。

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