【中国武術への道 】
Vol.27 外三合 弓矢と勁 (後編)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

太極拳では、「一身備五弓」(全身に五弓を備える)と伝えている。五弓とは身弓・臂弓・腿弓で、身弓は背骨を中心とした胴体(体幹)で、補助として臂弓は左右の手、腿弓は左右の足を指す。胴体と四肢を合計し五弓となる。大弓(身弓)と小弓(臂弓・腿弓)と区別することもある。

弓矢と身体の構造は、似ている部分と異なる部分がある。古人は、身体の中に何故「弓」をイメージしたのだろうか?弓矢と身体に備える勁は、単にイメージだけの関係ではない。このことを理解するためには弓矢の構造を知る必要がある。弓矢の歴史は非常に長く、世界各国でさまざまに発展してきた。同じアジアの中でもモンゴル・中国・日本など地域によっても細部の形状が異なっている。まずは、勁の理解に参考になる部分を中心に理解を進めてみたい。

「弓」は、竹や木などを曲げて弦(つる)を張ったものであり、「矢」は、それに番えて(つがえて)射るものである。弓は、本体の「弓幹(ゆがら)」と弦(つる)の組み合わせで構成されている。弓幹の両端に弦の輪を掛ける部分は、弭(ゆはず)あるいは弓筈(ゆみはず)とも呼び、上になる方を末弭 (うらはず) 、下になる方を本弭 (もとはず) という。掲載の図を参考にしていただきたい。弓は、弓本体の剛性と弾力性を利用して矢を発射する。弓に固く張ってある弦(つる)に矢を番え(つがえ)後方へ引き伸ばし、弓と弦に蓄積されたエネルギーを解き放つことで矢を的(まと)へ投射する。

「一身備五弓」は、弓矢の弓の部分を指しているが、矢にも簡単に目を向けてみよう。矢は、先端の矢尻 (やじり)、本体の矢柄 (やがら)、矢羽根 (やばね)、そして弦と接触する矢筈 (やはず)からなっている。矢柄の代表的な素材は竹製で、漆が塗られていたりする。矢は、中国では「箭」と表記されるが日本においても「箭」の表記が見られる。「箭」に漢字の部首の竹冠(たけかんむり)があることからも素材がしなやかな強さを持つ竹であることが連想され、弓の本体も竹と深く関わっている。

矢の末端に弓弦(ゆづる)から外れないように弦を受けるくぼみがあり、これを矢筈(やはず)という。矢の筈(はず)は、弓の弦と当然合致するということから物事の進行・なりゆきの結果が当然そうあるべきだ、という意を表す言葉となっている。「そんなはず(筈)はない」「きっと無事なはず(筈)だ」といった用い方となっている。また、物事を行う際にあらかじめ決めておく手順・段取り、前もってしておかなくてはならない準備として「手はず(筈)が狂う」「手はず(筈)を整える」のように使われている。

放たれた矢の速さは、弓本体の剛性と弾力(反発力)による復元力を利用している。剛性とは強さや硬さ、弾性は反発力やしなやかさを指す。弓幹と弦を結ぶ接点は弭(ゆはず)といい、弓の剛性と弾力を発揮する非常に重要な部分である。矢を射るときの上下左右といった方向は二つの接点によって決められている。右手で引く弦と矢の第一の接点である矢筈が力の要である。矢を番える(つがえる)握りの部分、すなわち手の内(左手)が二つ目の接点となっている。

次に五弓と身体の具体的な関係について見てみよう。身弓は背骨を中心としており、弓の両端にある弓筈は尾閭骨(尾骶骨)と頚椎が対応している。臂弓の弓筈とは、両腕の手首と肩の関節である。腿弓の弓筈では、足首と股関節が対応している。しかし、弓と骨の構造を比較してみると弓本体が弾性を持っているが、骨単独では動く事すらできない。四肢の骨は、肘と膝という大きな関節でつながっている点で弓本体の構造と大きく異なっている。胴体の中心を支える柱・脊椎は、7つの頚椎、12の胸椎、5つの腰椎、仙骨(仙椎)、尾骨から構成されている。腕や足と較べ関節が多く柔軟性はあるが単独では動けない点については同様である。

弓の力を産み出すのは、弓と弦の関係性である。弓本体の持つ剛性や弾性と弦の役割を骨と筋肉の絶妙なバランスによって産み出している。筋肉の両端で骨と結合する腱が、弓本体と弦の接点となる弭に該当すると言えるだろう。

太極拳では、「掤」(ほう・「péng」)(※)という勁力を五弓の中に見ることができる。太極拳の基本原理を示す打手歌という口訣は、掤捋擠按(ほう・り・せい・あん、ポン・リー・チー・アン)(※)という四つの勢(要素)から始まり、「掤」はその中でも最初である。「掤」は、相手の上段(顔面)への攻撃に対して上に跳ね上げるだけでなく、弾性や張り出す力によって弾き、攻撃側の重心を浮かせて上に吊り上げ、崩したところを反撃するための技術である。また、相手の攻撃を吸収してしまう化勁へと連なる重要な原理である。

例えば楊家太極拳の攬雀尾(らんじゃくび)は、掤捋擠按から構成されており、套路の中でも起勢の次に出てくる第一勢であり、門派を象徴する技法と言える。套路の構成で「掤」の技法を前面に押し出した楊家太極拳以外にも陳家太極拳・形意拳・八卦掌・八極拳といった門派も「掤」の原理を重視し、技の始まりも「掤」から入るという点で共通している。これは、私の伝承系統だけの独特なものではなく他の系統でも同様に伝承されていると想像している。「全身に五弓を備える」ためには、「掤」の原理を理解することが欠かせないといえるだろう。

【神勇八段錦】(しんゆうはちだんきん)

今回のテーマ「弓」にちなんで第二段の左右開弓似射鵰(さゆうかいきゅうじしゃちょう)を紹介したい。両腕を左右に開き、鵰(鷲やクマタカの類)を弓で射るような形を意味している。八段錦は、養生法としても有名だが、神勇の名を冠するのは、武術家も導引吐納法の習得を目的として行うためである。架式(立ち方)は、低い馬式(馬歩)だが、皆さんが行う場合は、腰の高さにはこだわらず、高い姿勢でもよいし、椅子に座ってもよい。

①両手を下に垂らし、掌を開いた状態から地面の泥をすくいとるようにしながら、卵を柔らかく握るように空間をつくるような拳(空心拳)に変化させる。両手・空心拳にて息を吸いながら首のあたりまで引き上げる。拳を引き上げた状態では、手の甲を前方に向けている。

②弓を引き絞るように両拳を開きながら、息をゆっくり吐き出す。右拳は、空心拳の状態を保ち、左手は人差し指と中指を伸ばし、この二本指に意識を集中する。熟練すると二本指に気が集中し、温かくなってエネルギーを感じることができる。次いで息をゆっくり吸い込みながら動画を巻き戻すように①の最初の動作に戻る。両拳を下ろす時に息を吐き、反対動作へとつなげる。

【注釈】

※ 掤捋擠按は、Vol.4 簡化太極拳雑話(中編)~Vol.5 (後編)で攬雀尾の掤捋擠按の四勢を写真で紹介している。また、Vol.19~21の写真では陳氏太極拳の六封四閉の中に掤捋擠按を見ることができるが、「按」が陳氏では、「推」となる。「按」は、手の掌全体を使う技法に対し、「推」は、「推砍」ともいい、手刀を縦に手首の小天星で捻じり込む技法。

「掤」の字は、手偏に朋の字で日本語にはない漢字で「矢を入れる筒の蓋」が由来である。「掤」は「弸」(弓偏に朋)の漢字にも通じている。「弸」は弓の強い様子を表し、「満ちる,充満する」という意味でこちらの方が本来のニュアンスを表わしている。形意拳では、五行拳の第三路が崩拳であるが、尚雲祥派では弸拳で「弸」の漢字を用いており、興味深い。

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