【中国武術への道 】
Vol.26 外三合 弓矢と発勁(中編)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

今回のテーマは、勁と音の関連性である。振動や響きあるいは波紋といった「音」が、「勁」と何の関係があるのかと思われるかもしれない。音とは、物体(発音体)の振動によって発せられるもので、振動が伝わる現象は、水面に石を投げた時に輪のように広がる波紋である。人の体重の約 60%が水(血液・体液)で構成されており、身体へのインパクトの与え方を追求していくと、振動や波紋の影響は重要なファクターである。中国武術の先人達も技術を高めていく上で、これらのファクターは重要な研究課題であった。実際、震々勁・浸透勁といった名称も残されている。

打つという発勁のエネルギーが相手に到達した時、作用と反作用が生じる。作用として受け手は、さまざまな衝撃として受け取る。いくつかの例を挙げてみよう。砲丸の球がぶつかったような衝撃、一点に鋭い衝撃として感じたり、前から打たれたのに背中に痛みを感じる、内臓に重たい衝撃として感じる。これらは、握拳や開掌といった手型やいろいろな打法によって異なるダメージが震動や波紋として伝わっていると言い換えることができる。

打った攻撃側は、自らの身体で反作用として感じているが、同時に打った瞬間のインパクト音でその効果を実感する。実際の音はわずかであっても効いているかどうか、浸透しているかを判断できる。練習の時などは、トレーニング用のパンチングミットを打ったり、受け手の身体(腹や胸)の上に緩衝材としてミットを置くと音を判断しやすい。勁による打撃を最近注目されているオノマトペ風に表現するなら「ビシーッ」「バシーッ」や「ドスッ」となる。

あなたの身の回りでも音によってインパクトの良し悪しを判断しているものがあるはずだ。例えば野球・テニス・サッカー・ゴルフなどの打球が芯を捕らえているかどうかについてインパクトの音を大切にしている。良いインパクト音は、野球では金属バットで「カキーン」、木製バットは「カコーン」、ゴルフでは「パン」とか「カツ」と乾いた音で表現されることもある。インパクト音の奥深い所は、一つの音だけに集約することはできない点にある。さらに別な例ではゴルフのインパクト音について、ソフトでマシュマロのような感触が理想的あるいは好みであるとする場合もある。経験による蓄積に培われた打者の感覚が、最終的な判断の拠り所といえるだろう。

また、打音による異音で故障や破断、老巧化を診断することもできる。橋やトンネルなどのインフラ設備も目視と同時に打音による点検が「傷みの兆候」の診断に役立っている。また、打音ではないが自動車のエンジンをはじめとする機械から発する異音も、故障の兆候を知る上で役に立つ。故障や老朽化の判断と打球のインパクト音は、違和感のない心地の良い音が良いという点で共通している。

音について一人一人の個性や熟練度によって異なる点にも注目したい。矢を放った時に生じる音に弦音(つるね)あるいは弓音(ゆみね)がある。射手は、この弦音(※)の高さや響きによって弓と弦が放れた瞬間の状態の良し悪しを判断することができる。音が「ビィィーーン」と鋭く、高く、冴えた響く音になる。このような冴えて余韻のある美しさを「つやのある音」とも表現する。また、弓の設計によっては、「ギャン」といった響かず低音が良い音とされることもある。同じ弓でも射手によって弦音が異なり、襖を隔てて聞いても誰が引いたかがわかる位であるという。

中国では唐の時代に六張の張弓を並べて弦を弾じ、音楽を演奏したという故実がある。同様に日本においても平安時代末期、後白河法皇が執筆した『梁塵秘抄口伝集(りょうじんひしょうくでんしゅう)』巻十四に六張の弓の弦(つる)を並べ、矢の根元で弾く「鴟尾琴」(とびのおのこと)=(和琴)(わごん)についての記述がある。この中でどんなに良い楽器(名器)も使う者の心構えや技術の熟練度によって音色が変わってしまうと述べている。

次に弓本体の構造や部品による音の違いや楽器に至る発展にも注目したい。弓本体の弾力(反発力)や復元力は、弦の持つ張力とのバランスによって成り立っている。弦の太さ、張力、長さで音の高さが決まる。同じ弦であっても弦を強く張ると音は、より高くなっていく。弦の張力が大きいと波が速く伝わり、波が速く伝わると音が高くなる。弦は太いより細い方が、矢は重いより軽い方が、弦が早く復元するので、弦音が高くなる。 ここの弓本体の構造や部品の部分を読んだ後に、弓や弦を勁に置き換えて読み直していただきたい。勁に対するイメージが膨らむはずだ。

弓は、狩猟の道具から武器となり、さらには戦場でつかの間の休息の時、兵士の心を癒す楽器としても用いられたことは想像にかたくない。後にさまざまな楽器へと発展したといわれている。弦楽器は、弦を弾く箏・三味線・ギター(撥弦楽器)、弦を弓の弓毛で擦るヴァイオリンの仲間や胡弓・馬頭琴(擦弦楽器)、弦をハンマーで打つピアノ(打弦楽器)に分類される。いずれも弦に何らかの刺激を与えることによって得られる弦の振動を音とする楽器である。

ギターは、指やピックで弦を弾くことにより音を発生させ、バイオリンやチェロ等の弦楽器は、弓で弦を擦ることにより音を出す。どちらも弦の響きや振動が、弦の両端を固定する節=駒(ブリッジ)を通って表板や裏板に伝わり、本体(響胴)の中の空洞のボディが共鳴することで音が大きく広がる。管楽器では、空気柱を共鳴して振動させてさまざまな音を出すが、管楽器では指で操作する。上記の弦楽器では演奏者が弦に直接触れて音を発する点で共通している。

ピアノも音を出す場合、弦をハンマーで叩く点で共通であるが、アクション機構を通じ間接的な構造となっている。ピアノは鍵盤を押さえてはいるが、直接ハンマーを動かして弦を叩いているわけではない。アクション機構による間接的な構造にも関わらず演奏者の骨格や指のタッチで音色は異なっている。演奏は、さまざまな楽器を通じて「歌うように弾く」と表現することがある。演奏者の解釈やイメージ、技術と楽器の特徴や個性とあいまって、さまざまな音楽が表現される。

楽器によって奏でられる音楽の世界は、弓矢という狩猟や戦いの道具から派生し、神事や儀礼などと関係を持ちながら、美しいものを追求するという新たな世界を産み出した。Vol.20~22で紹介した日本刀の世界でも鑑賞を目的とした美術研磨と剣術家のための実用の研ぎがあり、研ぎの流派も存在する。中国武術の型(套路)は、勁を得ることが重要な目的のひとつだ。あくまでも実用を追求するために勁の体系が生まれたといえるだろう。

勁力も武術家の鍛錬した門派と自身の個性さらには熟練度とあいまってさまざまな味道が表現される。武術の修練とは、習った門派に習熟することだけが最終目的ではない。誰のものでもない自分自身のやり方を持つことが到達点である。

【参考文献】

●武器と防具 中国編 篠田耕一著 新紀元社」
●全日本弓道連盟 弓道教本

【注釈】

※ 弦音について、弦そのものが発した音であるとか弦が弓の本体(関板)に当たった音であるなどと諸説ある。

※ 写真解説 今回の写真は、簡化二十四式太極拳の手揮琵琶(しゅきびわ)。手を揮(ふる)って琵琶を奏でるという意味で、琵琶を抱え奏でている様子を指している。摟膝拗歩(Vol.24の写真)の次にくる技法。

※ 弓の弦が次第に増えハープへと発展したイメージ図と古代エジプトの僧侶や祭事で演奏された弓型ハープ

※ 弁財天 インド神話で河川の女神、ヒンドゥー教ではブラフマー(梵天)の妃とされている。河のせせらぎが奏でる音色から音楽の女神(妙音天)といわれ、そこから広く技芸・文芸などの才能をもたらす神(弁才天)となった。日本に渡ってから福徳財宝を授ける神として「才」が「財」変わり弁財天となった。七福神の1人としても祀られ、弁天様の名でも親しまれている。中国では八臂(八本の腕)であったが、二臂で琵琶を奏でている像を紹介している。

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