【中国武術への道 】
Vol.25 外三合 弓矢と蓄勁(前編)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

勁を理解するために今回は、弓矢を取り上げてみたい。矢をつがえて弦を引いて弓をしならせる動作を「弓を引き絞る」という。「キリキリと満月のように弓を引き絞り、ヒョウと放つ」と和弓では表現される。「満を持する」や「朝廷に弓を引く」という言葉も弓矢から生まれた。

太極拳の重要な先人の一人、武禹襄は『十三勢行功心解 』において弓矢と勁の関係を次のように記している。

「蓄勁如張弓,発勁似放箭」

「蓄勁は弓を張るが如し、発勁は矢(箭)を放つに似る」

弓を引き絞ると、「弓幹(ゆがら)」(弓の棒状部分)が弦(つる)に引かれて大きくたわむ。元に戻ろうとするエネルギーを蓄える。これを蓄勁という。矢を放つと、そのエネルギーが一瞬に解放される。弦が引っ張られ、固定されていた矢が、そのエネルギーで飛び出す。これを発勁という。

太極の原理から見れば蓄勁は「陰」、発勁は「陽」となり、陰陽の原理となっている。

Vol.23 外三合 脱力と陰陽論(前編)で紹介した脱力と陰陽に関する図も併せて参照頂きたい。勁力を蓄える蓄勁は、柔・慢・鬆・緩・蓄のグループとなり、勁力を発する発勁は、剛・快・発・急・発のグループと関連している。

弦を引いて弓をしならせ、キリキリと引き絞る時、第三者からは射る前の緊張状態と見えるかもしれない。しかし、射手の手の内は「弓を固く強く握らず」柔らかな状態である。和弓では「紅葉重ね・握卵・かいこの手の内」などと弓術の流派によって伝える表現や技術の詳細はさまざまであるが、柔らかく握り、技が進めば「弓を自然に握る境地に至る」点については共通しているといえる。

筆者は弓術について門外漢ではあるが、手の内の説明を読み解く時、剣術の柄の握り(※1)の柔らかさを先ず連想した。次いで中国武術においても手型(手の形)があることを連想した。例えば、拳を打ち出す時も最初から拳を強く握りしめたりはしない。熟練するほど拳は柔らかく握り、卵を包み込むような形となる。特に張占魁派形意拳では、套路を行う際は、空心拳といって卵を柔らかく握った状態で行う。

狩猟の道具は、棒(棍)や自然石の投擲から始まった。木の棒の先端を石器で削って尖らせた木槍を用い、突くだけでなく槍の投擲も行われた。威力を増すために石器や動物の骨を棒に装着することにより槍や斧となる。このように異なる素材を組み合わせた道具を「組合せ道具」という。さらに異質な原理の弓と矢の組み合わせによる新しい道具を造り出すまでには、組み合わせを超えた飛躍がある。

弓矢の階層構造

弓 = 弓幹(ゆがら) + 弦

矢 = 矢じり + (接着剤) + 継ぎ柄 + (接着剤) + 矢柄 + 矢羽根

言語学者は、弓矢の成立に関する階層構造と言語の進化との共通性に注目した。言語には階層構造があり、その構造に従ってわれわれは物事を考えていく。言語はコミュニケーションに役立つから進化しただけでなく、非常に豊かな思考を可能にしている。コミュニケーション以前に考える思考すら言葉がなければ生まれなかった。言葉は、高度な文明をつくる母である。

私達の身体は、外面から見ると骨格(関節)と筋肉で構成されている。この構造を理解することにより外三合の口訣が生まれた。外三合を理解すると姿勢や動作が整えられ、これを統一し連動させることにより外勁が生まれる。内面から見ると内臓や神経そして脳があり、全身を血液が循環している。内臓系のパワーを理解すると内三合、つまり心・意・気の動きを整えることができる。内三合を統一し運用することにより内勁が生まれる。もちろん外面の統一である外勁は心・意・気の支配下にあり、内面の統一である内勁は、手足と身体の動きによって支えられている。相互に相補い、影響しあっているという陰陽の関係にある。これらも階層構造といえるだろう。

身体と心・意・気の働きによって、われわれは動き、思考したり感知することができる。中国武術の精緻な攻防技術も身体や心意なくしては生まれない。身体や心意の構造を解き明かすことによって「勁」を得ることができる。太極拳だけでなく、さまざまな南北の武術が「勁」を得ることによって多くの門派が華開いた。北派少林系の武術を例に挙げるなら通臂拳(通背拳)・潭腿・秘宗拳(燕青拳・迷踪芸)・鷹爪翻子拳等の長い歴史を持った門派は、独特の攻防技術を競い合って発展してきたが、勁道も各門派で独自の特徴を持っている。

武術の発生は、個人の護身や一族の闘争といった個別の発生であったかもしれない。門派の形成や進化は、太極拳をはじめとしてどの門派も個人や一族ごとに秘密裡に隔絶された単独の状態ではなく、相互に交流しながら研究・発展していった。鷹爪翻子拳のように鷹爪拳と翻子拳が、合体して一門を形成した例もある。

新しい門派を創出するとき、必ずしも新しい技法を編み出して一門を形成するわけではない。開祖や数代にわたる継承者達によって、古来からの技法を新たな門派の道理(勁道)に合わせて変化させていった例も多い。太極拳を例にとると単鞭・白鶴亮翅(白鵝亮翅)・高探馬・野馬分鬃・雲手などは、太極拳各派に共通する技法名であっても外見上の表現は異なっている。これは、用法だけでなく勁道の工夫が異なるためで、この特徴を味道(みどう)という。

太極拳だけでなく他の少林系の門派を研究していくと似た技法名を見つけることができる。また、技法名は異なっていても同じ攻防原理で構成された技法を見つけることができる。ここでいう攻防原理とは、外見上の見た目ではなく、相手の崩し方や倒し方を意味している。武術修行者は、専攻する門派の他に複数門派を併修することも多い。それぞれの門派の攻防技術における得意不得意を相互に補完する目的がひとつ。

二番目は、各派の勁道の違いを体感することにある。さらに進んで門派を超えて攻防原理の共通性を知ることもできる。一つの門派を習得し、大成することは容易ではない。しかし、一つの門派を習得する過程で他派との違いを知ることは専攻門派を理解する上でも大いに役に立つ。登山などで山を登っている最中は、山の全体像を把握することが難しい。そもそも登山地図を持っているのは老師だけで、弟子は先導されて登っているのである。どのルートで今何合目なのかは、他の山から俯瞰してみるとよくわかる。修行の成長過程と似ていてどこで休憩し、どの分かれ道で迷ったのかも一目瞭然だ。頂上に近づくと下から見ているだけで想像すらできなかった全体像がおぼろげながら解ってくる。

中国武術の場合、それぞれの門派は独立峰ではなく山脈のように連なっていることも多い。武術修行の面白さは、一つの山頂を制覇したら別の山を登る時、麓から登り直す必要はない。場合によっては一度登った山頂から別ルートを降りると他の門派にたどり着くこともできる。改めて全ルートを俯瞰すると中国武術の歴史を垣間見ることも多い。

【注釈】

※1 柄の握り Vol.9 太極拳と易 番外編 において「居着く」ことへの戒めとして柄の握りを説明している。この場合の「居着く」ことへの戒めは、手の内の柔らかく自然に握ることと共通している。

※2 NHK ヒューマニエンス 40億年のたくらみ 「“言葉” それがヒトの思考を生んだ」2022年7月19日放送より、弓矢の構造について抜粋。石器時代の矢の構造は、矢じりと矢柄の接続に継ぎ柄を用いコールタールの接着剤で固めていた。

※3 勁の階層構造で示した図は、弓矢の階層構造に合わせて試みで作成したものである。

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