【中国武術への道 】
Vol.23 外三合 脱力と陰陽論(前編)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

外三合の前段階として「勁」をテーマとしている。勁はさまざまな能力を持っているが、代表的な特徴が「精錬された力」である。少林拳をはじめとする多くの中国武術は「勁」を用い、太極拳は「気」のみを用いる特別の門派である思われているとしたら大きな誤解である。太極拳も攻防技術の中心は「勁」なのだ。

それでは、幾多(いくた・あまた)ある少林拳の一派の中から名乗りを上げ、後に中国武術を代表する門派となった太極拳は、どのような特徴を持っているのだろうか?特徴のひとつは、攻防の技術体系から練習体系に至るまで太極の陰陽理論によって再構築したことである。

今回は、「勁」を理解するために「脱力」をテーマとしたい。強い力を発揮するには、筋肉を鍛えたとしても強い筋力に頼るだけでは限界がある。外面的には、筋肉の「オン・オフ」コントロールである。力を抜いた状態と入れた状態の位置エネルギーによる落差や振幅と分析できるが、内面の心理的な影響を受けやすいという側面もある。「脱力」というトレーニングは、目に見える外面の形や動きとイメージトレーニングのような内面の両方からのアプローチが大切である。

内三合のシリーズで紹介した心・意・気といった内面からみると「勁」とは、力を出すだけでなく、攻防における技術の運用の要であり、「脱力」も欠く事のできない条件である。スポーツの世界でもリラックスの大切さは知られている。競技におけるパフォーマンスを最高度に発揮するには、緊張とリラックスを高いレベルでコントロールすることが求められる。

「勁と脱力」の関係を理解するために「陰陽と内外」に分類された図(※)を試作してみた。この図は、今回のテーマに沿って私が試作したもので伝統的なものでないことをあらかじめご了解いただきたい。

外面の働きを上下・昇落・前後・左右の文字を陰陽の対(つい)と分類したり、上昇・前進の陽に対して下落・後退といった熟語を陰のグループとしてみることもできる。

図の左半分の外面から見てゆくと勁力を発揮する原則は、前後であれば一度後に引いてから打つ。右を打つために一度左に引く。下を打つために一度上げてから下へ打つ。先に脱力によって力を溜めて(蓄)から急激に集中する(発)ことで強い力が発揮される。このように弾性や振れ幅が大きいほど効果的といえる。

陰と陽の関係は、陰から陽へさらに陽から陰へと常に変化してゆく。上記では、上から下、左から右の動きをみているが、当然逆のパターンもある。上下左右・前進後退の関係を見てもわかるように、陰と陽の関係は、陰は悪くて陽は良いというような優劣や善悪とは別のことである。

大きく振りかぶるような動作だと相手に容易に察知されてしまい、避けられてしまうが、大きい動作にも大切な意味がある。初歩の段階では大きくゆっくり練習することで正確に習得する。次第に熟練するに従って小さく相手に悟られないような動きへと変化してゆく。

太極拳の場合は、一つの技法の中に複雑な上下・昇落・前後・進退・左右が含まれている。套路全体を通して練習することも大切だが、理解を深めるために複数の技法群や一つの技法に集中して繰り返すことも大切である。さらに一つの技法に含まれている上下・左右などの陰陽の原理を探求すると進歩は格段に早くなる。上下・左右などの単純な原理を取り出して循環させて繰り返す。最初は、できるだけ「大きくゆっくり」と等速度(とうそくど)で易の原理(※1)に従って居着かない(停止しない)。

呼吸に合わせてシンプルな動作を繰り返すことで自然に集中とリラックスの感覚の両方を手にすることができる。単純な動作の繰り返しで練習の密度を高め、数をこなして練習量を増やす効果も見逃せない。複雑に見える動作も実は、いくつかの単純な動きや原理が組み合わさっているだけだ。修行者は、技法の本質を見抜き単純化された動きや原理を抽出する。単純化の極限が陰陽理論といえる。

「大きくゆっくり」と動かす練習法は、関節の可動域を大きくすることが主な練習目的ではない。あくまでも勁力や脱力を会得するためである。太極拳は、長拳系なので長い套路を通して練習することは、下盤(足腰)の鍛錬のためにも大切である。套路全体を俯瞰して全体の流れを把握することと、分析して技法を深く理解することの両方のバランスが大切だ。正しい脱力とは何か?次回引き続き探求してみよう。

【練習法】

甩手による脱力とは、呼吸に合わせながらブラーンとゆっくりと振ることを繰り返すことにより、次第に関節まわりから凝りをほぐしていくやり方だ。これを等速度で行えば、上記の陰陽で循環させる方法となる。もう一つのやり方は、脱力するために一度力を入れ、その後力を抜くことにより脱力する方法だ。力んだ部分が力を抜くことによってジワーッと筋肉の力みが緩んでいく様子を観察し、感じ取ってみよう。併せてその部分を「緩々(ゆるゆる)」と「ブラブラ」と動かして脱力していく様子を感じて観察していくとよい。

この時大切なことは、重力を感じつつ、呼吸を止めないようにしながら動きに合わせることだ。手軽な方法として拳や掌は、体の末梢なので理解しやすい。拳を握りながら、あるいは掌であれば指を開きながら呼吸を吐いてゆく。拳にギューッと力を入れたり、指を大きく開く。次いで息を吸いながらフッと力を抜いてしまう。両手(指)を組んでも同じようにやってみたい。首や肩であれば、首をすぼめるように両肩を持ち上げ、今度は息を吸いながらギューッと首や肩を力ませてみよう。

息を吸い終わったら、今度は息を吐きつつ両肩をストンと落としてフッと力を抜いてしまう。数回繰り返して首や肩をブラブラ・緩々(ゆるゆる)とゆすってみる。身体の内部に対する感覚を次第に研ぎ澄ませて、凝りの状態を確認したり次第に力が抜けていく様子を感じ取ることができるだろうか?こうした手法の中にも陰陽の理論が息づいている。

【注釈】

※1 易の原理Vol.6 太極拳と易(前編)では、変化と循環がテーマ。今回は、相対と対比がテーマである。今後も機会ごとに陰陽を取り上げる予定。図の中で「上下」の次の「昇落」としたのは、日本語で理解しやすいために上昇・下落の組み合わせから「昇」をあてたが、中国武術では「起落」をあてる場合が多い。

※ 今回の写真は、簡化二十四式太極拳の白鶴亮翅(はっかくりょうし)

※ Vol.19~21の写真は、陳氏太極拳・老小架の六封四閉(ろくふうしへい)

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