【中国武術への道 】
Vol.21 外三合 日本刀の鍛錬からみた勁の特徴(その三)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

前回は、日本刀の鍛錬を通して勁の特徴を解き明かそうと試みた。この三つの視点は、あくまで個人的な興味から来ている。中国武術の基本原理、とりわけ「勁」について日本刀を通して説明しようと試みたのは何故か?それは、日本の古流剣術や作刀に造詣の深い老師より日本刀にまつわる逸話にからめて中国武術のお話を伺う機会が何度もあったからだ。今回紹介できなかったが、技を練る時のイメージに研ぎの研磨や刀を砥石に当てる角度や方向を重ね合わせた。また、焼入れによって生ずる、ある種の刃文について勁の「冴えと切れ」の説明となったりと、多岐に及ぶ。

前回の第二の視点は、性質の相反する材質の組み合わせだった。刀の芯を軟らかい「心鉄(しんがね)」とし、外側を硬い「皮鉄(かわがね)」で包む技術は、【新刀】(※)の江戸時代に入ってから産み出されたものだ。戦国から江戸の太平の世となり、良質な鋼の流通が盛んになり、材質が均一化した。平和な【新刀】の時代においては、日本刀の姿形(別名「体配」(たいはい))や波紋の美しさといった美術品としての価値が重視されるようになった。

日本刀も装飾品としての要素が強くなり、華美に流れる傾向にあった。これは、【現代刀】に至るまで続いている。しかし、この風潮を嫌い鎌倉時代の【古刀】の武器としての実用性を重んじたのが「刀剣復古論」で、【古刀】から【新刀】に続く【新々刀】の時代と区分されている。「天明の大飢饉」に始まる治安悪化、異国からの外圧による尊皇攘夷の声の高まりと世相不安。併せて幕末という時代背景が復古刀を望む流れに拍車をかけた。

このように日本刀に求められた風潮も時代の要求によって変わっていった。また、三つの視点で紹介した日本刀の作刀工程はほんの一部にしか過ぎず、さらには作刀の技術も画一的なものではない。時代の要求や「五箇伝」(ごかでん)といった名刀の産地の地域性が生まれた。また、伝承による刀匠の工夫によって新しい技術が開発された。剣術諸流派とも関係しながら、さまざまな変遷を繰り返してきた。個性豊かな刀匠によって産み出された日本刀は、その一口一口(「ひとふりひとふり」という。口=“ふり”刀の数え方)が唯一無二の存在となっている。

一方、中国武術も広大な土地や漢民族を中心とした多様な民族の中で時代ごとにさまざまな新興の門派が生まれた。修行者にとっては、門派の伝承者となることが目的ではない。自己の武術を確立することこそが大成することの本来の意味であり、最終的には武術を会得した修行者一人一人によって異なる勁道があるといってよい。また、【新刀】の時代に武の本質に戻ろうと【古刀】への「刀剣復古論」が出たように、老師は中国武術の伝承においても武術としての実用性を重んじ「古伝の伝承」と「武用の復古」を常々語っておられた。

当時の私には難しい内容も多く、わからないことだらけで質問したい気持ちを押さえつつ、話を聞きながらメモを取る。そもそも気楽に質問させてもらえる雰囲気でもない。ただひたすら講釈を拝聴するばかりだ。意を決して時に「これはどのような意味ですか?」「何のためにこれを行うのですか?」と質問しても「そのうちに理解できる」と大抵は説明してもらえない。内心「なぜ説明してもらえないのか」と悶々としながら疑問だけが残ることも多い。

解答を教えてもらえないまま何年も過ぎたある日、突然「こうではないか?」「いやこうに違いない」と霧が晴れたように理解できる日がくる。やはり「何故なのか?」という探求心、「どうしても知りたい、身につけたい」という欲求がなせる業(わざ)だった。老師は、よく老先生(※)から同じように教え込まれたと述懐(じゅっかい)しておられた。体系化された優れたテキストがあっても、知識を押し付けるだけでは学習者に知識は定着しない。「響かない」のだ。学習者が自ら欲して求める意欲を持つように方向づけるのも老師の大切な役割である。習っている最中には気がつかなかったが、これも「伝統的な教授法だった」とずっと後になって納得したのだった。中国武術に引き込まれていった原因の一つである。

【数息観】

基本の呼吸として自然呼吸と站樁(たんとう・タンチュン)を Vol.15 内三合(その六) で紹介した。今回は、もう一歩進んだ呼吸の練習法として初心者用の「数息観」(すうそくかん)または(すそくかん)を紹介したい。この数息観は、単純に呼吸をしながら数を数えるというものだ。初心者用だからとおろそかにしてはいけない。このトレーニングをしっかり練習することによって基礎となり、次のトレーニングに活かすことができる。

初心者用の数息観のポイントは、まず第一に普段は無意識にしている呼吸を改めて意識する。呼吸を見つめて観察することが大切である。第二に呼吸を数えることによって。呼吸の深さを調節する練習を行う。深さとは、身体の使い方も関係するが、まずは一回ごとの呼吸の長さと理解すればよい。第三に吐く息(呼)と吸う息(吸)の長さを均等にする練習。数を数えることにより正確な呼吸を身につける事ができる。さらに進むと吐く息の方を長くする方法もあるが、まずは均等にしてみよう。1・2・3・4・5 と数える時、一秒ごとに数えることができるだろうか?厳密さにこだわる必要はないが、目安として訓練してみるとよい。

最初に、Vol.8 太極拳と易(後編)で紹介した「濁気吐納」を行い、口から古い気を吐き出す。次いでVol.12 内三合 (その三)の「甩手」(つわいしゅ)で手を前後に振る。Vol.15 内三合(その六)の初心者向けでんでん太鼓式の甩手も行う。

身体の動きを止めて立正式の立ち方(架式)で立ってみる。(椅子に座ってもよい)

数回呼吸を整えてから鼻で呼吸し、数息観を行う。

①濁気吐納 ②甩手 ③站樁(数息観)④甩手 ⑤収式

最初は、息を吐きながら1・2・3・4・5・6・7~と数える。今度は、息を吸いながら1・2・3・4・5・6・7~と数える。これを繰り返す。数え方は、「いち・にぃ・さん」でも「ひぃ・ふぅ・みぃ」でも外国語でもかまわない。数も5,7,10などと長さを変えてみて自分の呼吸の深さに合わせる。まずは、吐く息と吸う息の長さを等分にしてみよう。

普段の浅い呼吸を次第に深め、集中力を維持しつつ、リズミカルに10~20分と数息観の呼吸を続けることは結構大変だ。これだけでも集中力の訓練になる。短い時間でもよいので日常の生活の中に取り入れてみてはいかがだろうか。わずかな時間の合間をみつけて試していただきたい。

【注釈】

※日本刀の時代区分【古刀(ことう)】/【新刀(しんとう)】/【新々刀(しんしんとう)】/【現代刀(げんだいとう)】。平安時代中期から安土桃山時代中期ぐらいまでが【古刀】、安土桃山時代末期から江戸時代中期が【新刀】、江戸時代後期から廃刀令までが【新々刀】、以降が【現代刀】と連なっている。

※老師のさらにまた老師を師爺(しや又は、しじい)といい、私の一門では老先生とお呼びしている。

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