【中国武術への道 】
Vol.17 内三合 番外編 Don’t think. FEEL! (その二)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

テーマの内三合の副題として「Don’t think. FEEL!」を見た時、すぐに映画「燃えよドラゴン」を連想したあなたは、相当の映画好き、またはBruce Lee(以下・李小龍)ファンではないだろうか?このフレーズは、李小龍の代表的な名言として知られている。しかし、同時に「考えるな!感じろ!」が本当に言いたかったことだろうか?実は、本当の核心部分は、その続きにある。いっしょに観てみよう。

「Don’t Think. Feel! It’s like a finger pointing away to the moon. Don’t concentrate on the finger, or you will miss all the heavenly glory.」

訳は、「考えるな!感じろ!それは、月を指す指のようなものだ。指に意識を向けている場合ではない、(映画では、指に目を向ける弟子の頭を再びペシリと叩く)そんなことでは天の美を見失ってしまうぞ」と続く。指し示した指先にばかり目を向けていたら、その先にある輝かしい月の存在に気付くことはないぞ、という寓話である。ちなみにDVDによっては、「月を指さすのと似たようなものだ、指先に全神経を集めろ、さもないと栄光は得られないぞ」と指先を見るように指導している字幕もあったようだが、これは完全に誤訳であろう。

これは、2世紀に生まれた大乗仏教の中観派の祖、ナーガルジュナ(龍樹)作と伝えられる『大智度論』の「指月(しげつ・しがつ))の喩(たとえ)」から来ているという。指は、仏教の教えのことばであり、月は法(真理)を指す。月はしばしば真理や悟りを意味する象徴として仏教瞑想法でも月輪観(がちりんかん)が用いられる。

『大智度論・巻九』(※1)「我、指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしむに、汝は何んぞ指を看て月を視ざるや」

意訳として、私が月のある場所を教えるために指でさし示しているのに、何故指を見て月を見ようとしないのか。私はあなたにわかりやすく言葉で教えを示しているのに、あなたは私の言葉だけを注目して、教えそのものを聞こうとしない。「大智度論」では、言葉は単に教えを示す手段であって、その手段に惑わされてはならないということを言っている。

李小龍は、留学先のワシントン大学で哲学を専攻し、その研究はインドの仏教や中国の老子や荘子をはじめとする東洋の哲学や心理学、宮本武蔵の五輪の書にまで及んだとされる。こうした哲学や精神性が映画「燃えよドラゴン」の脚本として見事に反映されている。映画「燃えよドラゴン」では、「真理=月」「言葉=指」を対比させている。この内三合のシリーズでは、月を気を統帥する所の「志」、指を「心意」に置き換えてみてはいかがだろうか?心や意念の操作に熱中するあまり、本来の志を忘れてしまっては単なる遊びであって本末転倒となってしまう。

私達も日頃、目的と手段が逆転してしまい、いつの間にか手段が目的のようになってはいないだろうか?例えば、学生であれば勉強するためのノートが、ノート作りが目的になってしまう。ほかにも仕事・子育て・家事・貯蓄・趣味や健康(ダイエット)…それぞれあなたの人生の中で大切なものが、目的と手段を取り違えてしまっているものはないだろうか?さらに自分自身にとって大切と思っていた目的や目標は、本当に実りのある幸福に導く目標だろうか?大切な何かを見落としていないか、時には自問自答してみる余裕も大切だ。

目標を見定める機(タイミング・時機)(※2)として「一年の計は元旦にあり」(※3)という諺(ことわざ)がある。一年の計画は元旦に立てるべきである。物事は、最初が肝心であるという喩(たとえ)だ。この原稿をご覧になっているあなたは、もう元旦は過ぎてしまったとがっかりする必要はない。この諺には、中国由来と日本のものとがある。今回は広島の戦国武将・毛利元就が1558年に、長男の毛利隆元へあてた手紙にある教訓を紹介したい。元就は、元旦だけでなく一年・一月・一日とそれぞれのタイミングで見直す大切さを示している。

一年の計は春にあり

一月の計は朔(ついたち)にあり

一日の計は鶏鳴(一番鶏が鳴く早朝)にあり

今回の「Don’t think. FEEL!」のテーマでは、指月の「月」と内三合シリーズVol.11 内三合(その二)の「志」と対比してみることをお勧めした。次回は、Vol.13 内三合(その四)のテーマである意念意功の究極の境地「無拳無意」について「燃えよドラゴン」の該当シーンをテーマにしてみよう。

【甩手について補足説明】

でんでん太鼓式の甩手も前後に腕を振る方法と同じように腕を最初から勢いよく振るのではなく、手や腕の重さを感じつつ徐々に振りを大きくしていくと良い。重さを感じるには、砲丸のような鉄球を持つことをイメージしたり、実際に程よく水の入ったペットボトルを両手に持ってみてはいかがだろうか。

熟練すると素手でも腕の重さを感じることができる。最初は前方を向いたまま腕だけが左右に振られてゆく。肩回りだけが動いているのが、腕の振りが大きくなるにつれて胴体が縦の軸を中心に左右に振られてゆく。次第に背骨に付随している筋肉(多裂筋や脊柱起立筋)が次第に緩んでいくことに意識を向けてみよう。動いてみて凝りがある箇所を感じれば、そこに意識を向けてみるとよい。フライパンの上に乗せた大きなバターの塊(かたまり)が過熱することによって次第に溶けていくようにイメージするのがコツだ。

【注釈】

※1(大智度論・巻九)「如人以指指月,以示惑者,惑者視指而不視月。人語之言:我以指指月,令汝知之,如何看指而不看月。此亦如是,語為義指,語非義也。」

※2タイミングを見定める時機(チャンス・chance)、計る「機」について前回、Vol.16 内三合番外編、機(タイミング)をみて的確に打ち込む集中力、Vol.14 内三合(その五)柳生宗矩の兵法家伝書における気の第三の見方「内にかくしてあらはさぬ気」「胸にひかへたもちたる気」としての「機」について触れている。

※3「一年の計は元旦にあり」について中国が由来の説には、明(1368~1644年)の時代、その明の学者・馮慶京(ひょう・おうきょう)が著した月令広義(げつれいこうぎ)がある。月令広義は、中国の年中行事、儀式を解説した本。この著の「四計」のなかに、こうある。

一日之計在晨 (一日の計は晨にあり)
一年之計在春 (一年の計は春にあり)
一生之計在勤 (一生の計は勤にあり)
一家之計在身 (一家の計は身にあり)

この「四計」をわかりやすく言うとこうなる。

一日の計画は、晨(あしたと読み、夜明けのこと)=朝に計画を立てよう
一年の計画は、元旦に立てよう
一生の計画は、勤勉に働くことを大切にしよう
一家の将来は、健康を大切にしよう

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