【中国武術への道 】
Vol.12 内三合 内なるエネルギーの秘密(その三)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

中国武術においては内なるエネルギーの関係を「内三合(ないさんごう)」といい、「内三合とは『心と意』『意と気』『気と力』が一致する事である」。内面の統一を指す内三合と外面の統一を指す外三合を併せて六合(※1)という。今回は「意」を中心に「心と意」「意と気」の関係をお話ししよう。

「心」というのは、手に持ったお盆の上に置いたボールのようにコロコロ動いてつかみどころがない。皆さんも、明日やるべきことを考えていたら、いつの間にか晩御飯は何がいいかな、旅行をどうしようとか、考えていることがとりとめなく変わり、気づいたら肝心なことが何一つ決まっていなかったという経験はないだろうか。「意」は、このような移ろいやすく断続的でとりとめのない「心」に方向性を与えるものだと考えられる。

わかりやすく例えてみよう。「心」という力・エネルギーは、恒星である太陽における炎ととらえよう。その炎から発せられるエネルギーは、何もしないと、強大とはいえども拡散し、弱くなってしまう。ここで拡散を防ぐため、小学校の頃、誰もが経験するある実験を思い出してほしい。虫メガネを使って光のエネルギーを集める実験である。注意深くレンズの角度や距離を調整すると画像が鮮明に映ったり、さらに黒い紙を用意し、虫メガネを調整して太陽の光の束を集めると炎が発生する。「意」は、虫メガネの角度と距離を調整する作用をつかさどっている。実験を試みようとする方はくれぐれも防火に努め、収斂火災(しゅうれんかさい)にご注意を!!

インドのYoga(ヨーガ・ヨガ)にも様々な流派が存在するが、その語源はサンスクリット語「yuj(ユジュ)」で「軛(くびき)を装着する」。つまり「(牛や馬と荷台を)結びつける」という意味がある。人の心を牛馬にたとえ、絶えず忙しく動き回り、その暴れまわる心を一点に結びつけて集中させる。(※2)さらに自らの五感を制御し、瞑想(禅定)によって「心を止滅させる」という境地に到達したとされる。

中国武術において「意」は、「心」を結びつけ、統合する。さらに「気」のエネルギーを結びつける役割を持っており、次のように伝えられている。「由意引気、由気催形」。日本語訳としては「意より気を誘発し、その形をあらわす」。このように、「意」の働きは、「心」と「気」の両方をコントロールする重要な役割をもつ。

武術においてもう一つ忘れてはならないことは、身体との関係だ。必ず内面と外面(身体)を結びつける練習を行う。初歩中の初歩ではあるが実に奥深く味わいのある練習法・甩手(※3)を紹介しよう。音楽を聴きながら、あるいはテレビを見ながらでも手軽にできる簡単な体操ではあるが、目的は内外相合といい、内三合の心・意・気を結びつけるだけでなく、外面の身体(外三合)とのパイプを作る初歩である。自分の内面(意)を通して身体としっかり向き合いながら行っていただきたい。

甩手(shuǎishǒu)は、中国語の発音表記から“シュワイショウ”とカタカナ表記できるが、私の一門では“ツワイシュ”と呼んでいる。今回は、前段階に相当する腕を前後に振る甩手を紹介したい。振り子のように振るだけでシンプルでありながら効果は絶大だ。甩手は通常、背骨を中心に手を左右にぶらーんと振りだす動作である。でんでん太鼓をイメージするとよいだろう。甩手は太極拳の奥義に通じるというと大げさだが、基本原理を理解するうえで非常に重要だ。でんでん太鼓式の甩手の紹介は、また改めて機会を持つとしよう。

■「甩手」の動作説明

練習の最初に先ず濁気吐納(※4)で古い気を吐き出し、新鮮な気を満たそう。

舌を上顎(舌尖は前歯の裏の付け根)につけ、呼吸は鼻で行う。内三合の内「気」について、ここでは初歩的解釈として「気息」すなわち呼吸と解釈しよう。※写真・起勢(無極式)の立ち方を立正式(りっしょうしき)という。

甩手① 息をゆっくり吸いながら手を前に振り上げる。

甩手② 息を吐き出しながら腕をぶらーんと振り下ろす。腕の重さを感じながら自然に後方に振られる。

息を吐き終わると息を吸いつつ①に戻り、これを繰り返す。これだけだ。簡単な動作ではあるが、様々なバリエーションがある。時間も自由だが、できれば、時間を少しずつ伸ばし、3分、5分から始め、15分、20分位まで続けてみよう。

私の場合、この運動をしない日はない。今の体調を確認する上でも最適で次第に気血が促進され、気力が満ちてくるから不思議だ。いくつかポイントをお話ししよう。無極式(立正式)の姿勢をよく観察してほしい。首筋から力が抜け、肩が自然に落ちている。さらに注目して頂きたいのは、膝が少し曲がり、わずかだが腰を少し落としている。次に動きながら体の内部を観察してみよう。これを内観(※5)という。

肩の凝り具合はどうだろう。無駄に力んでいる所はないだろうか?呼吸と体の動きは合っている?手を振る時、自分で腕を振るという意識よりも手に重りがついていて、その重りによって振り子のように振られているとイメージしよう。手の振り方は徐々に大きくしてみよう。前の方が振り上げやすいので前後の角度が同じでなくても気にしなくてよい。易の無極から太極を意識するなら、立正式の両腕をぶら下げた状態から徐々に振りを大きくする。終わる時も振りを少しずつ小さくして無極式(立正式)の姿勢に収束するとよい。

【注釈】

※1 六合の名を冠する門派として六合拳、心意六合拳、六合螳螂拳、六合八法拳などが有名だ。この中で心意六合拳は、伝えられた地域、系統によって心意拳・形意拳などと呼ばれている。心意(xīnyì) 形意(xíngyì)もカタカナだと“シンイー”だ。文盲率が高い時代の中で“シンイー”と聴いた者が、後に当て字として「心意」や「形意」と表記したわけではない。

似てはいるが「in」と「ing」という中国語の発音と四声(4つの声調)で明確に異なる。創始した開祖が創意を凝らし明確な意図をもって名乗りを上げたのだ。心意拳あるいは、心意六合拳の創始者姫際可(き・さいか)(1602~1680年)は、字(あざな)を龍峰・龍鳳・龍豊・龍風などと表記され、大槍の達人で「神槍」と称賛された。この姫一族は、陳氏太極拳の陳一族と同じ山西省洪洞県大槐樹村を原籍とし、14世紀・明の初期、同じ山西省蒲州諸憑里尊村へ移住している。

山西省では古来、身体の操作について深く探求した潭腿(たんたい)や通臂拳(通背拳)(つうひけん・つうはいけん)などの名門が伝承されていた。肩甲骨を中心とした背中を通して臂(腕)へ力の波(勁力)を伝え、さらには手先へ通じる力の伝達を示す通臂・通背。そして身体の内外の統一を重視する六合は、通臂拳(通背拳)や六合拳ならずとも潭腿をはじめ、各門派の重要な口訣である。

山西省に伝来の武術を修行する中で「心意」こそ核心であると姫際可は考え、後に河南省嵩山少林寺において十年にわたり、自身の研鑽と同時に僧侶達に教授を行なった。再び故郷の山西省に戻ると創意工夫を加えた武芸に心意拳(心意六合拳)と命名し、次の世代に伝えた。数代を経て河北省の李洛能(り・らくのう)(1808~1890年)は、山西省で学んだ後、故郷に帰ると「神拳李」と称賛された。

李は、核心である「心意」の力を具現化する「形」が重要であると考え、さらに独自の工夫を加えて形意拳を名乗った。形意拳は、近代において最も多くの実戦における名手を輩出した門派の一つだ。また、近年では、形意拳から核心の意の部分を重視した意拳も誕生した。河南省には嵩山少林寺に伝承されたものとは別に、洛陽や魯山など回族を中心に伝承された一派も隆盛を誇った。また、河南省において心意六合拳は、陳氏太極拳の発展において欠く事のできない大きな影響を与えている。

※2 ヨーガの暴れまわる心を一点に結びつけて集中させることを仏教瞑想では止観の「止」という。虫眼鏡の例で示したエネルギーの統一も止観の「止」である。

※3 甩手の甩の漢字は、振る・振り回す、(腕を振って前の方へ)勢いよく投げる,ほうる等の意味をもつ。甩の一字は、「振り子のイメージ図」の甩手の字のように明朝体よりもSimSun(宋体)やMingLiu(新細明體)が私にとって馴染みがある漢字の書体だ。

※4 濁気吐納及び舌の位置は、「中国武術への道」の下記も併せて参考にしていただきたい。 ◎Vol.8 太極拳と易(後編)濁気吐納 ◎Vol.5 簡化太極拳雑話(後編)舌の位置(舌頂上腭)

※5 内観とは身体の内部を観察し、感じ取る観法を指す。このように「観」は感に通じ、五感を通じて感じる作用を持つ。「観」には、さらにイメージを作り出す作用がある。これらの作用を仏教瞑想の止観の「観」という。止観と「意」は密接なかかわりを持つが、このほかにも「意」の作用は、様々な側面を持っている。

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