【中国武術への道 】
Vol.9 太極拳と易 番外編

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

「太極拳と易」という前・中・後編では、太極拳との関連を易の本質としての「変化」を中心に「循環」するエネルギー(勢)にスポットを当ててお話しした。易や太極思想の核心部分である「陰陽」「五行」「八卦」については、改めて別の機会を持ちたいと考えている。今回は番外編として太極拳と直接の関係はないが、易の理解をより深めるために二人の日本人のエピソードを紹介しよう。一人目は、易経を学んだ広島の先人である頼山陽(らい・さんよう)。二人目は、易の本質である「変化」を体得した上で、「居着く」ことの危険性を説いた剣豪・宮本武蔵だ。

■頼山陽と易経

儒教の重要な経書に四書五経(※1)があるが、『易経』は五経のなかでも常に筆頭に挙げられている。『論語』で知られる中国の思想家・孔子は韋編三絶(いへんさんぜつ)の故事があり、晩年、易の書のとじ紐が3度も切れてしまうほど易を繰り返し愛読し、編纂にも携わったことで知られている。

『易経』の起源は占いの書であったが、その後、長い年月と様々な人の手をかけて少しずつ内容を変えながら、中国文化に多大な影響を与える重要な典籍となった。その思想は紀元前12世紀の周の文王から約3千年、日本においても千数百年ににわたり日中文化の各方面に深く浸透しており、思考や行動の根拠にもその影響を見ることができる。

広島市中区袋町に頼山陽が11歳から30歳までを過ごした頼家の屋敷(※2)がある。頼山陽(1780~1832)は、江戸時代後期の日本を代表する漢学者で、歴史・文学・美術などのさまざまな分野で活躍した。先ず、頼山陽7歳の時(以下全て数え年)には四書の『大学』の素読を始めている。大学は、君主や宰相として天下を導く者が治める大人の学である。次に、10歳の時、読んだのが四書の『論語』。『論語』は孔子の言行録で、仁に基づく君子の道と、真の人間の生き方を説いた書物。

そして12歳の4月には『易経』を修了し、13歳にして『立志論』を書いた。その冒頭で次のように述べているが、易の思想の影響も大きく受けていると考えられる。

「男児学ばざれば 則すなわち已(や)む。学べば当(まさ)に群を超(こ)ゆるべし」

男子たる者、学ばなければそこで終わってしまう。学ぶことによってはじめて人々より抜きんでることができる。「逝者已如水~逝ゆくものは、すでに水のごとし」我々人間は刻々と変化する時間の中で生きている。人間は生まれたら必ず死ぬ時がくる。まず、志を立てて早く踏み出したい。そして公に尽くし、国の為に尽くしたいと自覚し決心したのではないだろうか。

その言葉どおり、頼山陽は学び続けながら『日本外史』をはじめとする著作を完成させるための努力を最後まで惜しまなかった。後に頼山陽が書いた日本外史はベストセラーとなり、幕末維新の尊王攘夷運動や勤王思想に大きな影響を与えた。明治時代以降、軍都としても発展していく広島で頼山陽が尊ばれるようになったという。

■宮本武蔵の『五輪書』

日本古武術において宮本武蔵の著わした『五輪書』(ごりんのしょ)(※3)に「居着く」を解説している。「流れる水は腐らない」という言葉があるが、奇しくも五輪書の中で水乃巻において述べている。

五、太刀の持ち方について「い(居)つくはし(死)ぬる手なり。い(居)つかざるはい(生)きる手也。」として常に変化に対応せねばならないと説いている。ここでは、居着くについて

1.「手の内(うち)」と呼ばれる刀の持ち方や身体の用い方

2.「居着く」を戒める斬る時の心の持ち方について

という心身の二面からとらえることができる。

わかりやすいエピソードを紹介しよう。幕末の剣豪とうたわれた山岡鉄舟が、友人の侠客に「出入り(けんか)で負けない秘訣」をたずねたことがある。友人は、「まずは相手の強さを見定める。刀を抜いて相手と切っ先を合わせたときに、ちょっと押してみる。おおかたの奴(やつ)は腕が石のようにカチカチになっている。そういう奴は弱い奴だ。冷静さを失っているから、即座にぶった斬ってしまう。けれど、押してやると押されるままに引っ込んでいく奴がいる。こんな奴は強い。本物の遣い手なので、一目散に逃げちまうことが肝要」と述懐して山岡鉄舟をうならせた。この友人の名は、駿河の「清水の次郎長」こと山本長五郎といい、正式な剣術を学んではいなかったが実戦では百戦錬磨であったという。

昔の日本人は連続して動いていたものがそこにとどまることを「居(ゐ)る」と表現した。持ち帰りではなく「酒屋」の店先でお酒をちょっと立ち寄って立ち飲みしたり、座敷のある「居酒屋」。動き回る厨房(台所)や廊下に対して、ほっと落ち着く「居間」。

羽ばたいていた鳥が羽を休める「鳥居」…。「居(ゐ)る」とは、一時的に休むことで安住するところではない。ただし、これはあなたの大切な居場所を否定するものではない。居場所は、あなたの置かれている立場、例えば仕事や家庭内などの役割も年齢や環境によって常に「変化」していくと知ることによって心地よいものに保たれる。

こうした「居着く」ことへの戒めは、現代の私達にも心の側面において決して無関係ではない。

心が居着くという事は、虚栄心、妬み、偏見、思い込み等、心の働きにより発生する事が大半だ。心が執着することにより意地と意地がぶつかり、力と力がぶつかり分断が生じる。さらに心(こころ)の語源ともされる「凝る(こごる)」状態になると、弾力性を失い、衝突や反発、逆流と停滞が起きる。次回は、心の働きを中国武術ではどうとらえるのかを探ってみたい。

【注釈】

※1 四書とは『大学』『中庸』『論語』『孟子』という四冊の著作

五経は『易経』『書経』『詩経』『春秋』『礼記』。儒家は本来、六経を有していたが、その中の『楽経』は秦の始皇帝による焚書で失われ、その後、世に出ることはなかった。

※2 頼山陽史跡資料館 (広島県立歴史博物館 分館)

https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/raisanyou/raisanyou-nitsuite.html

※3 江戸初期の剣豪、宮本武蔵著わした剣術の極意書(兵法書)。仏教で万物を構成する五大(5つの要素)または「五輪」をなぞらえて「地」「水」「火」「風」「空」の五巻より成る。60歳から書き始め、62歳で亡くなる直前の1645年に完成したと言われる。

※写真解説 日本刀の太刀の柄(つか)の握り(手の内)の例。上から二番目は、私が教授を受けた薬丸自顕流や天然理心流のもの。一番上は、柄頭から左手小指を外した握りの手順。下二枚は、陰流系統の流派を修行された知人のご厚意により、資料としてご提供いただいたもの。日本刀の形状が時代や門派により変化したことは、居合や剣術などを学んだことのある者にとっては常識の範疇だが、刀剣の形状だけではなく、上の写真のように刀の握り方(手の内)も、流派や伝承者によって研究された形跡を見てとることができる。

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