【中国武術への道 】
Vol.7 太極拳と易(中編)

【中国武術への道 】


中国武術の各門派を修行し、陳氏太極拳を専門として嫡伝の伝承者となった桂峰生氏があなたの知らない中国武術の世界をレクチャーいたします。

太極拳の特徴とは何だろうか?数ある中国武術の門派の中で太極拳と名付けられるに至ったこの門派の特徴をみてみよう。

太極拳の動作は、「如長江大河,滔滔不断」。「長江(揚子江)大河の如し、滔滔(とうとう)として絶えず」と言われる。太極拳を演武する時、手はあたかも「糸を紡ぐが如く」、足の動きは「停まるに似て停まるにあらず」、綿々不断として留まることがない。このようにひとつの動作から次の動作につながるときに止まったり、途切れたりしない動作の要領を「相連不断」あるいは「連綿不断」と表現した。

型の上で一瞬停止したように見える動作があっても、コマが高速で回転し立っているように、全身は最初から最後まで絶え間なく動いている。それは外面の身体のみならず、内面の意識においても「大河の流れのように、留まることなく~」を求められる。また、こうした要求を「動作が切れていても勁力(※)は切れず、勁力が切れても意識は切れない」と表現する。

太極拳の技法は、動きを「過渡式」(かとしき)と「定式」に分解することができる。ちなみにVol.3簡化太極拳雑話の前編では、簡化24式の野馬分鬃(のまぶんそう・ yĕ mǎ fēn zōng)を 過渡式①→過渡式②→定式③として写真にて紹介した。一般に野馬分鬃の写真を紹介する際は、③の定式を紹介することが多い。初心者も③の定式でこの技法をイメージするだろう。しかし定式③の極まった瞬間が野馬分鬃なのではない。技の始まりから過渡式①に至るまで技法の前半部分(前半勢)が防御で力を蓄えた状態、過渡式①から②そして定式③までが後半部分(後半勢)。過渡式の途中で力を解き放ち相手に打撃を加えている。定式③の段階では相手はすでに倒された状態だ。

つまり定式③は倒したあとの残心であり、次の敵に向かう技法の始まりであるといえる。こうしてみると、野馬分鬃に限らず全ての技法は、過渡式の連続したものだ。これを「勢」(せい)(※)というが、この「勢」あるいは「流れ」のエネルギーこそが技法の本質だ。定式とは、あくまで初心者にわかりやすく説明するため、便宜的に分解し名付けたともいえる。

一方、動作が途切れてしまうことを「断勁が生じる」という。また、途切れるだけでなく、その場に留まることを「居着く」といい注意すべき点である。太極拳においては、両足を踏ん張り、その場に居着くことを「双重の病」(そうちょうのやまい・あやまち)という。動作が途切れ「断勁が生じる」ことにより隙が生じ、「居着く」ことで停止してしまうと再度動き出す時は多くのエネルギーが必要となり、遅れをとってしまうことを戒める教えである。このように敵との対峙において無窮(※)の「変化」をすることで我が身を絶対の安全圏に置く事ができるようになる。攻撃においても七変化(しちへんげ)ならぬ五変化を基本としている。

練習の上では、一時的に動きを止めたり、分解した動作を無限大に繰り返して自らの姿勢や動作を点検してみるとよい。まずは定式で停止し確認、次に過渡式。過渡式も前半そして後半と分解し、再度つなげてゆく。連続写真で撮ると定式だけでなく技法のどの時点でも理にかなっていれば、美しく極まった形として映るはずだ。このような練習により、連綿と技法を続ける意味が体で理解できるようになると思う。

次回は、ついつい居着いてしまう心身の状態をリセットする方法を紹介しよう。しかしながら「太極拳と易」というテーマで紹介できる特徴は、まだほんの入り口にしか過ぎない。今後、何回かに分けてお話ししてみたいと考えている。

※勁力(けいりょく)とは、蛮力(ばんりょく・生まれ持った粗雑な力)や拙力(せつりょく・つたない力)ではなく、コントロールされた意識や要領によって精錬され纏(まと)め上げられた力。筋力だけでなく、五感などの感覚器官を用いた能力を指す場合もある。太極拳に限らず中国武術における根幹の概念。

※勢(せい)つまり技の起こりを起勢(もしくは起式)といい、今回紹介する写真は、陳氏太極拳・老小架(老架式の中の小架)の起勢の前半勢。次回、後半勢を紹介する予定。

※無窮(むきゅう)の窮とは、極み、果てを指し、太極の極と同じ意味。無窮は、どこまでも極まりがなく、果てがないこと。無窮には、同じ意味の言葉に「無極」があり、次回登場する。

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